(四)
夏が終わる。茹だる様な京の蒸し暑さが、五山の送り火を越すと嘘のように引いていく。朝夕の風が涼しくなり始めた頃だった。
斎藤は、暑気あたりで発熱し休んでいる沖田の代わりに道場で撃剣の稽古を指導していた。日中、動いていると、やはりまだ汗が噴出す暑さではあった。刃引きの真剣稽古をさせている為、否が応にも隊士達の緊張は増していた。
監察方の今井祐次郎がやって来た。
「赤木直助が死にました」
斎藤は、柱に凭れて涼を取っていたのだが、慌てて今井の後を付いて行った。稽古はそのままさせてある。
土壇場の裏へ出ると、筵に被われた屍が置かれている。筵を引き上げて見ると、果たして直助の青白い死顔があった。
前方からざっくりと首筋を断たれている。夥しい血飛沫が喉元から胸に掛けて付着していた。
脳天目掛けて振り下ろされたところを、避けようとしてしくじったようだ、と斎藤は見た。傷口を見るに、あまりに引きが深い。薩人の仕業か。
「赤木は死番でした」
今井は、そう告げた。同班にいたのは、格四郎と古参の二人であった。検分は、彼等三人の口述にもとづいていた。やはり、薩摩浪士と出くわしたのであった。
直助の実家に位牌と見舞金が送られることになった。
間も無く、隊内で奇妙な噂が立った。
「直助を死番に指名したのは格四郎で、その日斎藤先生抜きで見廻りをやる日だとわかっていて、わざとそうしたのだ」と。
つまり、直助を間接的に死に至らしめたのは格四郎である、という悪評だ。
根拠の無い噂に踊らされ、若い隊士らはこぞって格四郎を遠巻きにした。表立って口にはしないが、三番組の者も何処と無く格四郎と同じ班で見廻りをするのを嫌っているように見えた。
馬鹿馬鹿しい、と斎藤は思う。噂など、いつかは静まるものである。
そんな或る日、土方らは入隊半年未満の新参隊士を鍛える為、真夜中に呼び起こした。
恒例の闇中稽古である。この時も、刃引きの真剣を使う。
暗闇だからといって、手加減はない。夜目が慣れるまでには時間が掛かるし、大方の者は火花を散らす真剣稽古に最初、臆してしまう。
だが、格四郎は違った。よく動く両眼で暗闇を睨み、耳を澄まして相手の懐に深く飛び込む。刃引きとはいえ真剣であるから、うっかりしていると打ち込まれた者は大怪我を負う。格四郎の刀を受け損ねた隊士がこれまで二人、怪我をしていた。
その晩も、格四郎は烈しく打ち込んで行った。が、気付くと数名の隊士達に取り囲まれていた。大上段から襲われ、格四郎は胴を抜きはなったが、失敗した。身を交わした格四郎の脛を何者かがしたたかに打った。倒れはしなかったが、体勢が崩れる。そこへ背後からまた誰かが背中を目掛けて打ってきた。さすがに躊躇いのある太刀筋で、それは脛を払った者とは明らかに違っていた。
格四郎は、はじめて闇中稽古での屈辱を味わった。
そういうことが二度あり、その次の稽古の時、事件は起こった。
稽古中に隊士の一人が斬殺されたのである。
土方は、稽古に参加していた隊士全員を召集して言った。
「お前達の中に、刃引きしていない真剣を使った者がいる。心当たりのある者はいないか?」
そう訊かれたところで唯々と名乗り出る者はいない。一応の取調べをする、ということの前触れとして土方は言ったのだ。
「まあいい。今晩使った刀はそれぞれ監察にしかと検分して貰うからな」
腕組みしながら、土方は秀麗な顔を顰めた。
「真剣が見付かった場合、故意にせよ事故にせよ、今この場で名乗り出なかった卑怯者として、相応の処罰を受けることは肝に銘じておくがいい」
隊士達一同が、ぞっとなって顔を見合わせた。去り際、土方は格四郎の顔をちら、と見遣った。いつもの表情と変わりない。
半刻もしないうちに斎藤が呼ばれて土方の部屋へ入って行くのを、格四郎は盗み見た。
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