第九話
〜戦場のカリアティード cadere sul campo
di battaglia〜
第二章 謎の行き倒れ男 YOU ONRY LIVE TWICE
「よーく御存知ね、綺麗なおにーさん」
「そりゃあ、もう。ご高名な貴女方のお名前くらいは」
赤毛の女は、腰を振りながら、アーチに近付いた。無論、ハンド・ブラスターの照準は外さない。口調と身振りからすると、この赤毛の女が末の妹のチチだろう。白く長い腕が伸びて、蛇のように絡まり付く。指先が、アーチの胸元に触れた瞬間から、女の目付きが淫靡に変貌した。
「凄いのね、アナタ。着痩せするほう?細身なのにいい体してるわぁ。お肌もスベスベ。若い男は弾力が違うわあ」
女の右手は、何とも素早くシャツのボタンを外し、アーチの胸板を直にまさぐっていた。ネクタイも外しに掛かる。
オペラは、呆然だった。赤毛の女の恍惚とした表情は、あまりにも目の毒で、見ている方が恥ずかしくなる。
照準点が揺れた。
「あんただけ、ズルイのよ!」
青い髪の女が、妹の後頭部にブラスターの銃口を押し付けた。まるで鬼女の形相だ。
「なにすんのよ、お姉さまぁ。いいじゃない、触るくらい」
ぶうたれた赤毛の女は、既にアーチのベルトを外しに掛かっていた。気が付けば、革パンのジッパーも半ばまで下ろされている。何と言う早業だ。油断も隙もありゃあしない、とアーチは慌てて後退した。《ZANZIBAR》のバルマンが言っていたのは、本当だったのだ。
「あんた、触るくらいで済まないから言ってんじゃあないのさ」
青い髪の女は、金切り声を上げた。巨乳を通り越した爆乳と呼ぶべき代物が、ぶるんぶるんと揺れている。赤毛の女は、アーチを指差して言う。
「ほら絶対、黒のビキニパンツよ、あれ。だって、あんなに・・・」
懲りない女達だ。オペラは、あんぐりと口を開いたまま、言葉も無い。
「ちょっといい男だと、すぐに触りたがるんだからハシタナイ!」
「お姉さまこそ、あそこが金髪だとか言って喜んでるクセに!」
「確かめてもないのに言うんじゃあないわよ、このスベタ!」
「言ったわね、ペチャパイ!」
「あ、あたしの何処がペチャパイだっていうのよ!」
赤と青の取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。最早、ブラスターどころか、オペラとアーチには何の関心も無いようだ。今のうちにズラかるのが良かろう、と二人は暗黙の了解で歩き出した。
「ちょいと、お待ちよ!」
一際どすの効いた通る声が響いた。さっきまで沈黙を守っていた、緑の髪の女だった。振り返ると、女の手にしたハンド・ブラスターのトリガーには、人差指が掛かっている。その表情は、鬼女ではなく、獅子のように厳かだった。この女が長女グロリアと思われる。
「あんたじゃないわ、色男。そっちの小娘よ」
オペラはゆっくりと、身体を捻った。緑の髪の女と真正面から向き合う。
「用があるのはあんたの方よ」
「さっきから、あんた、あんたってしっつれいな女ね。私にはオペラ・クラレットって名前があるわ。あなたこそ、名乗りなさいよ」
堂に入った返答だ。オペラは、開き直っている。ブラスターを突き付けられても動じない。
「あら、失礼。《アレキサンダーズ・シスターズ》のグロリアよ。自己紹介なんて無意味だわ」
「用件は分っているわ」
オペラは、十七歳の少女とは思えぬ堂々たる口調で、年長の女と渡り合う。琥珀色の瞳は、澄んでいた。
「でも、あなた方が期待しているような返事は出来ないわ。あんな宝石のことなんて、知らないといったら知らないんだもん」
ぷい、とオペラはそっぽを向いた。撃たれても文句は言えない、不遜な態度。
グロリアの赤い唇が、にい、と笑みを象った。
「その可愛らしいお口がそう言うのなら、後は身体にでも訊くしかないわねえ」
赤い光線が閃いた。咄嗟に、オペラは身を捩る。だが、少女の反応速度よりも、ハンド・ブラスターの熱放射のほうが速かった。
オペラは浮遊感を感じた。てっきり、終わったと思ったものの、岩場にしがみ付いた自分が無傷であることに気付いて、瞠目した。
「え?」
オペラは、アーチの顔を見遣る。瞬時に自分の身体を抱えてうつ伏したのは、この男だったのだ。片目を瞑って見せるアーチに、オペラは応える余裕も無い。
「さあ、早くゲロっちゃいなさい!今度はそのちっちゃい膝に穴が開くわよ」
グロリアは、声高に言った。脅しや只の恫喝ではなく、ブラスターは第二弾を発射してくる。腕は女にしては、悪くない。アーチは思ったが、丸腰のオペラに反撃の余地など、今のところは無い。エネルギー切れを待つしかない。だが、そのうち揉め合ってる妹達も我に帰るだろう。そうなると、益々不利な展開には違いなかった。
オペラは、岩場をもんどり打って、さすがに擦り傷だらけになった。
そろそろオレの出番かな、とアーチは冷静な判断を下した。
ドゴオオオオン!
背後で重々しい爆音が響いた。爆発物ではない、もっと速度のある、軽い音だ。だが、突然のことで、グロリアをはじめ、オペラも仰天した。
硝煙の臭い。生半可ではない火薬の臭いが漂った。
「な、なな何なの?もしかして・・・!」
グロリアは引き攣る口許を押さえ、ブラスターの銃口を後方へ向けた。
公園のカリアティードを背景に立っていたのは、男の物と思しき黒いシルエット。そのシルエットは、ずかずかとトレジャー・ハンター達の前に近付いて来た。
逆光で見えなかった顔が明らかになる。とはいえ、男の顔はテンガロン・ハットと暗緑色のサングラスにカヴァーされ、若いということしか分らない。無精髭と左頬の三条痕が厳つい雰囲気を与えている。古のサムライのように結わえた長髪。
「あ、あなた・・・!」
オペラは覚えず、叫んだ。
男が右手に握っているガン。それは、紛れも無いパウダーガンだった。しかも博物館でもお目に掛かれないような、クラシックなスタイルのリヴォルヴァー拳銃。一際長い銃身は、微妙な真鍮色を夕陽に輝かせている。紫檀製の銃把は、随分と使い込まれて黒光りしている程だ。
「《ブラックホーク・ディオファイア》。幻のリヴォルヴァー。パウダーガン使いなら一度は握ってみたい、世界最高の銃だ。あれに比べたら、ハンド・ブラスターなんざ水鉄砲だ」
呟くアーチの横顔を、唖然とした表情で見詰めるオペラ。
「ルガー・ブラックホークが前身の、10.5インチバレルタイプ。44マグナム弾を吐き出す、超弩弓のレプリカだぜ、ありゃ」
「何であなたそんなに詳しいのよ?ガン・マニア?」
オペラはあからさまに訝った。
「パ、パウダーガン使い!」
グロリアの頬が引き攣った。
男は無言で、リヴォルヴァーのフロント・サイトをグロリアの額の真ん中に向ける。
何故、パウダーガン使いがこんなところにいるのだ。グロリアは、片膝を岩場についている。トリガーを引く指に汗が滲んだ。
ドズゴオオン。
グロリアが熱線を発射するよりも、僅かに速く、《ブラックホーク》のほうが火を噴いた。ハンド・ブラスターは遥か丘の向こうに吹っ飛び、女の身体も撥ね飛ばされた。
「お姉さまぁ!!」
さすがに我を取り戻した妹二人は、姉に駆け寄る。同じくハンド・ブラスターで反撃を試みたが、立て続けに44マグナム弾に弾かれた。
「な、何さ!」
三姉妹は、恨みがましい目付きをテンガロン・ハットの男に向け、憎憎しげな目付きをオペラに遣り、残念そうな表情でアーチを見送ると、丸腰でそそくさと逃げ去った。
空は沈む夕陽の最後の足掻きで、狂ったように真っ赤な血糊を滴らせている。
男は、テンガロン・ハットの下で、まだ熱い銃身に息を吹き掛けた。硝煙は、微風に流れ、西の空へ流れて行った。
不意に、男の足下が覚束なく崩れる。それを、押さえたのは、オペラよりも数秒早く動いたアーチのショートブーツだった。
「おいででででで!」
男は大声で喚いた。アーチの左足は、明らかに故意に男の右足の甲を踏み付けていたからだ。だが、男は御蔭で体勢を取り戻した。
「な、何しやがる手前ぇ!」
サングラスを毟り取り、食って掛かろうとする男の顔前に、アーチはぬっ、と中高の顔を突き出した。アーチの方が背が高いのだが、勾配があるので、丁度鼻と鼻がくっつきそうな微妙なアングルになる。
「よくもそんな口がきけたな。この顔に見覚えはあるか?どうだ」
アーチは、若い男を舐め上げるようにして見据えた。男は、眼前の白皙を見詰めた。絵に描いたような美男子。忘れようも無い瞳の色。薄目を開けた時の記憶が甦る。
そして、男は唇を噛んだ。
「昨夜、お前の右胸を繕ってやった医者だよ。漸く判ったか、アホンダラ」
「ア、アホンダラ?何を・・・!」
「アホにアホと言って何が悪い。重傷の患者が、昨夜の今日で出歩くとはどういう了見だ。死にたいのか手前?」
「く、口の悪い医者だな。死にたいか、ってぇ?」
「死にたきゃ結構。今直ぐ縊り殺してやる。だが、その前に昨夜の治療費払って貰おうじゃないか」
「へっ?」
男は目を丸くした。が、直ぐに濃い眉根が繋がりそうな程、きつく寄った。《ブラックホーク》の銃身が跳ね上がり、アーチの胸元を狙った。ハンマーが、ゆっくりと落ちる。
その銃口を、しなやかな長い指が塞いだ。アーチは、左手の人差指を、まだ熱の冷めやらない丸い穴に押し当てたのだ。
「治療費だとぉ?フザケるな!手前ぇこそ死にてえのか?」
「お好きにどうぞ。オレは指の一本や二本吹っ飛んだって、どうってことはない。何なら、好きなトコに撃ち込め」
「き、きっさまあ〜!」
「度胸があるならやってみろ」
「うぬう・・・」
「出来ないなら、即刻払え!」
「ぬかせ!」
二人はそうやったまま、いつまでも睨みあっている。夕陽はすっかり沈んでしまった。
「んもう。あんた達、いい加減になさいよっ!」
オペラの怒声が丘に響いた。
静まり返った診療所の二階に、カタカタと響く音。パソコンのキーボードを叩く音だ。
その傍らに設えられた入院用ベッドは、診療所唯一の物であり、そしてここ数ヶ月使われたことが無かったものだ。大体、この村の人間は、大病を患えば、他所の土地に移って療養するか、自宅で寝起きするものだ。
ベッドの上に胡座を掻いている男は、診療所に戻る前から、ぶすっとした顔付きである。夕餉を終えた今も、相変わらず表情は冴えない。
「何だ、残したのか」
事務机の上から、アーチはベッドを見遣って感想を述べた。ヴィオレッタの作った食事が載ったトレイは、静かにワゴンの上に置かれていた。男は既に、不貞寝の態勢に入っている。
「卵の半熟はキライだ」
ポーチド・エッグのことを指している。成る程、見事にその器には手が付けられていない。
「贅沢者め」
と、アーチは吐き捨てるように言い、カルテを取り出した。
「ジン・スティンガー。キミの治療代として、9万5千ダッシュを請求する。内訳は・・・人工血液5.5リットル6千ダッシュ、麻酔剤一本千ダッシュ、縫合糸2百ダッシュ、消炎剤あーんど筋肉増強剤5千ダッシュ、生食一本3百ダッシュ、脱脂綿、注射針、使い捨て手袋その他もろもろで五百ダッシュ、手術器具の減価償却費千ダッシュ、技術料一時間3万2千ダッシュの二時間で、6万4千ダッシュ。合計9万6千ダッシュのところ、千ダッシュおまけして9万5千、と」
端からまともに聞くつもりなど無かったジンであるが、技術料、のところで起き上がった。
「何だそれ!ふざけんな」
「安過ぎるってか?」
「手前ぇ・・・」
ジンは右の拳を振り上げた。胸に激痛が走る。アーチは、唇の端に余裕の微笑を浮かべる。
「動くとまた傷口が開くぞ。それとも、鎮静剤うってやろーか?一本五百ダッシュ也」
「うう」
「マグナム弾食らった怪我人の治療を出来る医者なんて、このディアスポラに数えるほどしかいない。キミは、お嬢ちゃんに発見されただけでも奇蹟だってのに、さらに神の慈悲深い奇蹟に導かれた。オレじゃなくて、他の医者なら、今頃おっ死んでたろうなぁ」
ふふん、とアーチは鼻を鳴らす。ジンは、心の中で舌打ちした。確かにそうだ。ブラスターに焼かれた傷とは違って、パウダーガンに撃たれた傷は、再生しにくいのだ。貫通場所付近の筋組織を速やかに蘇生させる術を、この男は知り得ているようだった。
にしても、鼻持ちならない態度だ。ジンよりは年上だろうが、何しろ顔はともかく腕もともかく、口は滅法悪い。そして、その口の悪さは性格の悪さに由来するものである、とジンは決めて掛かっていた。無理からぬ。先程が先程であったのだから。
「で、その支払いをお嬢ちゃんにお願いしようとしてたんだが・・・」
「ばーろい!んなモン払えなんて言えるか」
「まあ、命の恩人だからなぁ」
アーチは、ジンの顔をしげしげと見詰めた。男でもどきどきするような視線だ。いつもこの手でふんだくっているのだろうか。
「オ、オレが払えばいいんだろ」
「別に、オレは誰が支払おうと、9万5千ダッシュが入れば構わない」
「うー・・・分割ってのはどうだ?」
「分割?」
アーチは眉を顰めた。
「キャッシュならもう少しまけてやってもいいかな。いや・・・」
アーチは、暫し考え込んだ。ややあって、不気味とも妖艶ともいえる笑みを浮かべると、ベッドの縁に椅子を寄せた。
「それよりも、キミを撃ったパウダーガン使いの事を教えろよ。相当な手だれだな。一度現場に行って弾を探してみたが、何処にも落ちていなかった。拾って行ったんだな。恐らくは三十八口径のホロー・ポイント。上手い具合に弾は逸れていたが、下手したら右肺を潰していたぞ」
ジンは唸った。この若い医者は只者ではない。軽薄そうに見えるが、そういえば白衣の左腕の腕章は、何処かで見たことのある意匠だ。黒いヴェルヴェットの楯の上に縫い取られたラテンクロスは、銀色。
「何であんた、パウダーガン使いに詳しい?」
「職業柄、気になってな」
「職業柄ぁ?」
ジンは再び、アーチの顔を見た。
「・・・あっ、もしかして、その白衣の腕章は、ヴァティカン五軍の」
クローチェ・アルジェントの紋章。かつてヴァティカン・ミニステッサ(国防省)の五軍と言えば、泣く子も黙る恐るべき軍隊として、名を轟かせた。
本来は四軍だった筈である。青十字軍(クローチェ・セレステ)、黒十字軍(クローチェ・ネッロ)、白十字軍(クローチェ・ビアンコ)、銀十字軍(クローチェ・アルジェント)。各々海軍、騎兵隊、空軍、聖堂騎士軍としての役割を持った、甦った十字軍として機能していた。それが、近年セビリアの軍縮会議に於いて、四軍の統廃合が提唱されると、一時は権勢を誇った軍部もあれよあれよいう間に崩壊した。
最早、軍権主義は虫の息。そうして、新たに名目上の軍隊としてサンタ・ヌゥオヴォ・キャバリエーレ(神聖・新聖堂騎士軍)という名称に新生した。
神聖・新聖堂騎士軍の前身となった銀十字軍は、軍隊の中でも生え抜き選りすぐりの腕を持つ男達がわんさといたのだとか。
「言っとくが、オレは只の軍医だぜ。軍隊の〈ぐ〉の字も知らない。野戦病院にいた事はあるが、ろくな戦線には出ていないしな」
第三次大戦後の十字軍出兵は、主に内戦鎮圧の派遣軍としてである。兵士は訓練されたエキスパートばかりで、大戦時のように一般市民が参加することは無かった。
「へぇ、パウダーガンを扱った経験があるんだ」
ジンは言った。再びベッドに寝転がる。
「護身と後学の為だな」
アーチは、短く答えた。顔は、パソコンの画面を見詰めている。
「それよりも、オレの質問に答えろよ・・・あれ?」
ベッドに視線を移した時、ジン・スティンガーの返答は無かった。すやすや、と軽い寝息を立てているではないか。
そうだ、とアーチは思い起こす。先程は、怪我人が心配だからとヴィオレッタにこの二階まで食事を運んで来て貰ったのだが、もしやと思い、こっそりとトレイをすり替えて置いたのだ。
「ちくしょう、やっぱり睡眠薬を入れてやがったな、あの女。亭主がいないのを良い事に・・・ったく、どいつもこいつも色情狂か、この村の女共は」
アーチは胸を撫で下ろすと同時に、身の毛がよだった。これから毎晩どうやって過ごせばいいんだか。とにかく、一刻も早くプース医師のぎっくり腰に直って貰わなくてはならない。
踏んだり蹴ったりとは、まさしくこの事だ、とジン・スティンガーは溜息を吐いた。
起きてみれば、昼の日中だった。診療所は老医師が寝ているだけで、蛻の殻同然、閑古鳥が鳴いている状態だ。ジンは診療所を出た。昨晩遅く夕飯を食べてから、何も口にしていない。
「どういう待遇の違いだよ。あのババア!」
ジンは忌々しげに唾を吐き捨てる。ヴィオレッタのアーチに対する上げ膳据え膳の待遇と、重傷の怪我人であるジンに対する待遇では、どちらがどちらか分りかねる。どういう非常識な連中ばかりの村なんだ、とジンは内心悶々としていた。
そもそもは、アウト・ストラーダなんかで撃ち合ったのが間違っていた。
相手を見くびっていたのか。ジンは首を捻る。いや、ジンには自信があった。名にし負う《ブラックホーク・ディオファイア》を持つパウダーガン使いとして。
だが、発端は、その男がジンの愛銃を疑って掛かったところにあった。
誰も思うまい。ティットーロ(《称号》)も持たない、しかも二十歳にも満たないパウダーガン使いになり立てみたいな若造が、《ブラックホーク》などを持っているとは。
詳しい経緯などは判らない。ジンは初めからこの銃を持っていた。八歳の時に、師匠であるジャバー・ウォックからパウダーガンの手解きを受けた。その時に手渡されたのが、《ブラックホーク》なのだ。従って、ジン自身は、《ブラックホーク》が如何なる名銃であるのかどうか、無意識のまま使用している。仮に名銃だと判っていても、「へえ、そうなんだ」くらいの感覚しかない。
それほど、ジンの生活に於いてパウダーガンは、当たり前で、しかも欠くべからざる存在なのだった。
当面の問題は、金の工面だ。
「ちくしょう、考えるだけでもムカつくぜ、あの男」
あの男、とはジンの命を救った男のことである。命の恩人に悪態吐いてどうする、という気もするが、人の足元を見るような請求金額は許せない。これが、もっとべらぼうに高ければ訴えもしようが、中途半端に高額で、しかもやや無理をすれば払うことが出来るかも知れない、という金額だ。そう考えると、値段設定まで憎らしい。
「プレミオーロの本領発揮で、お尋ね者でもとっ捕まえるか。いや、こんな田舎に犯罪者なんかいるわけがない」
村の掲示板に貼ってあるのは、全く犯罪とは関係のなさそうな物ばかりだ。ジンは、何をするでもなく、いつしか繁華街をうろついていた。
繁華街といっても、ほんの数十メートルの路地を、盛り場が占拠しているだけの侘しい佇まいだ。
昼間、店を開いているのは、雑貨屋だけで、後は酒場ばかり。
「あら」
声を掛けたのは、少女の方だった。オペラ・クラレットの明るい顔から、白い歯が零れる。オペラは、雑貨屋の店番をしているらしい。エプロン姿も初々しく、木箱を運んでいる。可憐な立ち姿は、こんな鄙には勿体無いとさえ見えた。
「また出歩いているじゃないの。叱られるわよ」
「構わねえ」
「でも、その怪我だと随分痛むでしょうよ。また、あの男のお世話になりたくないって顔してるわよ?」
「んんん・・・」
ジンは返す言葉を失った。少女の言う通りだ。オペラは、小さくフフフ、と笑い声を立てた。自分と殆ど歳も変わらないだろうこの男が、俄に子供っぽく思えてきた。男前ではないが、愛嬌がある顔立ちだ。
「図星でしょ?単純な人ねえ」
「ち」
ジンは、雑貨屋の荷物台に腰を下ろした。
「ところで、この辺でお尋ね者か、怪しい野郎は見なかったか?」
「何で?」
「いや、オレの本業は・・・」
言い掛けたジンの言葉を、オペラは電光石火で食い千切った。
「アナタ治療費払おうってんじないわよね?で、危ない橋を渡ろうなんて思っちゃいないでしょうね?」
「んんん・・・」
またぞろ、ジンは口篭った。つくづくアドリブに弱いのが、我ながら恨めしい。
「あんな守銭奴の言う事なんか、真面目に聞く必要なんかないわよ」
オペラは、ジンを睨み付けた。
「しかし、ヤツが言うのも尤もだからな。マグナム弾を食らって、経過がこんなにいいのは初めてだ」
「幾ら腕が良くても、ぼったくり過ぎよ」
オペラは頑として、認めようとしない。余程、腹に据えかねているのだろう。ジンは、恐る恐る話を引き戻そうと試みる。
「お尋ね者は?」
「え?・・・お尋ね者になってるかどうか知らないけど、昨日の三姉妹は悪党よ」
「あんな顔とカラダして、悪党か。いや、関係無いか。そうだ、悪いヤツらだ。キミにブラスターを向けるなんて」
ジンは言った。オペラは怪訝な顔で、首を傾げた。
「あなたにその腕があるんなら、ひっ捕らえてこの村から追い出してよ。村人は迷惑してるの」
「ううむ」
オペラの提案に、ジンは頷いた。幾らの金になるのか判らないが、少しは足しになるかも知れない。
「よし、いっちょうやってやるか」
「そうでなくちゃ」
オペラの口元から、白い歯が零れた。輝くばかりの笑顔だ。
「しかし、女の子に力仕事をさせるなんて、ひでえ店長だな」
「何言ってるの。店長は私よ。お父さんは、本業に掛かりっきりなの」
「本業?」
「葬儀屋よ。棺桶作ってるの」
第三章につづく
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