第九話
〜戦場のカリアティード cadere sul campo
di battaglia〜
第三章 くたばれお下劣三姉妹 LIVE AND LET DIE
雑音混じりの機械音が、パソコンから流れる。空は快晴だ。だが、相変わらず風は流れ、砂を巻き上げている。
遥か南に、ウチヒサールの城塞跡を望む。
《デアデヴィル・XIS》のシートに跨り、アーチレリー・ブールヴァルドは両脚を長く伸ばして座っていた。シートの前方にはパソコン。数キロ四方には、人影は無い。大声上げたって大丈夫だ。
アーチは、パソコンに向かって真顔で言う。
「例の男ですが、漸く見付けました。九十九パーセント、そうです」
「本当か!?間違いないのかね?」
画面に映っているのは、緋色のピレタ(角帽)を被った老人だ。まったくの白髪ではない。本来、銀髪であったものが徐々に移行して、見事なプラチナ色を呈している。絵に描いた様に聡明な顔付き。
「黒髪・黒瞳・皮膚の色・短い鼻梁・密着型耳朶・やや蟹股気味の両脚・発達した土踏まずなど・・・表現型となる身体的特徴は、ぴったり当てはまります。採取した血液に拠るDNA鑑定の結果、新しいモンゴロイド、つまり南モンゴロイド系に最も近似値が。コリアン系と南方アジア系の中間くらいの値です。所謂、縄文系という古い日本人のタイプの血が濃いと見受けられます。ATL(Adult T-cell Leukaemia 成人T細胞白血病)因子の所見もありますね」
アーチは、立て板に水のように喋った。
ATLの遺伝因子を生来持っているのは、アジアでは南方中国系もしくは、関西以西の日本人に多いという統計があった。遺伝因子を持つからといって、発病する訳ではない。連綿と受け継がれていくだけの話しだ。
「今から、データを医局に送ります。ご確認下さい、モンシニョール・サフィール」
と、アーチは老人に向かって恭しく言った。モンシニョールは、聖職者に対する最高の尊称である。
その、尊称を受ける権利を当然有する男、グレナデン・サフィール枢機卿こそは、ヴァティカン枢機卿会の議長にして異端審問所所長。
サフィール枢機卿は、安堵の微笑を浮かべていた。
漸く、探していた男を発見したのだ。
唯一の日本人である男。
「駒嵐仁之丞(こまあらし じんのすけ)」
「そんな名前じゃないですよ。尤も、トランスしかまともに喋れないようですし、ぱっと見はチャイニーズかコリアンです」
アーチは、腕組みをして、画面を見詰めた。
「キミはステイツの西海岸に行ったことは?」
サフィール枢機卿は厳かに言った。唐突な質問に、アーチはほんの一瞬鼻白んだ。
「・・・一度だけ。オヤジの学会に連れられて。こんな飯の不味いところは二度と来るまい、と心に誓いましたけど」
「南カリフォルニアのチャイナタウンに、武器職人の店があった。ブラスター隆盛の今時分に、古い銃火器を扱う店で、パウダーガン使い達の御用達だったという。店主の名前は・・・確か、アル・スティンガーだったか。十年前には、もう六十の坂は越していたというからな」
「はぁ」
つまらない与太話なら、聞く必要もない。だが、《ヴァティカンの頭脳》と称されるサフィール枢機卿が好き好んで、世間話をする訳がない。そもそも、アーチは今回の仕事において、何の因果関係も聞かされずに、ただ目的のみを知らされていただけだ。聞いておいても良かろう。
「アル・スティンガーの息子夫婦はいない。事故で亡くなっている。事故のことは詳しく判らないが、生き残った孫を引き取り、育てていたという。それが、ジン・スティンガーだ」
「日本人であることを伏せて、か」
国連では、もう一世紀前に日本人は一人も残っていないということを、宣言していた。
第三次大戦後、間もない頃のことである。大戦のの引き金を引いたとされる日本人は、今となっては上層都市に移行してしまった列強の組織する安全保障理事会により、国家的制裁を加えられた。経済的封鎖、食料・燃料の輸出入禁止にはじまり、孤立化した日本が崩壊するのは、あまりにも呆気なかったという。
そこまでする必要があるのか、と異論を唱えた国も少なくなかったが、日本の過去の歴史的背景を鑑みるに容赦されず、殊に敗戦したアジア諸国からは突付き出しに遭った。
日本国民は飢え、一部の富裕者のみが横行し、外国に逃げ出した者もいた。だが、当然のように国際的「日本人狩り」が広がり、国外脱出した日本人は総て捕らえられ、強制送還された。中には暗黙のうちに、捕虜を抹殺してしまう国もあった。みるみるうちに日本人口は激減した。
中には巧く他のアジア人になりすます連中もいて、生き延びることもあった。
アル・スティンガーの一家もその一例だろうが、かなり稀な例外だ。幾らトランスに堪能で、他のアジア言語を操っていても、DNAは誤魔化せない。
密告者が何らかの形で、彼等の遺伝子情報が含まれた物を入手すれば、お仕舞いだ。
人種を特定するのは、アーチが手持ちの道具で判定出来るように、二十三世紀の現在は実に簡単な作業なのだ。
「聞くだけ馬鹿バカしいでしょうが、じいさんの方はどうなったんですか?」
「十年前、何者かの出入りに遭って、惨殺された。客とのトラブルだったと言われているが。ジン・スティンガーは、親戚を盥回しにされた末に養護施設に入れられた。だが、半年も経たない内に半強制的に施設を出された」
「ふん・・・人身売買ですか」
枢機卿は、頷く。
「だが、幸か不幸かジン・スティンガーは、ジャバー・ウォックというパウダーガン使いに拾われてな。賞金稼ぎになったという訳だ」
「ご苦労様です。そこまで調べ上げておられるのなら、オレのような門外漢を使うよりは、異端審問所に他に適任者がおられたのでは?」
「生憎と、皆出払っておってな。こんな重要なことを頼めるのは、キミしかおらん。姪に言うと、『つまらん事で呼び出すな』と蹴散らされそうでな」
「さぞや、恐ろしい姪御ドノのようですね」
天下の《ヴァティカンの頭脳》でも、弱いものはあるのだな、とアーチは思った。
「で、オレの仕事はここまで、ということで・・・」
「いかん、待て待て。これからが肝心なのだ。キミに遣って貰わないと、さっきも言ったが人手不足でな」
「えー、よく聞こえません」
アーチは、空とぼけた声を出した。
「電波状態が急に劣悪になった・・・ようですよ。何仰ってるのか、聞こえませんよ。・・・頭痛い、電磁波の悪影響かなあ?・・・切りますよ・・・切りま・・・」
「おいおい」
アーチは、枢機卿の慌てた表情をそのままに、音声をカットした。次いで、通信画面を終了させる。
「誰が、これ以上タダ働きするかい!」
アーチは素早くパソコンをジュラルミンケースに治すと、イグニッションキーを捻る。《デアデヴィル・XIS》は白煙を上げた。銀十字軍の解散以来、一年余り、こんなアルバイトばかりだ。ヴァティカン科学アカデミーの医局に籍があるとはいえ、外交ばかりやらされているのは、どうも割りに合わない。生来、研究室に篭っている方が性に合っている筈だ。
ザザの村境に戻ったところで、アーチはふとバイクを停めた。
大きな物音が広場中に響いている。
トンテンカンテン。
アーチは《デアデヴィル・XIS》を下りると、広場を横切った。
「やあ、お嬢ちゃんの・・・」
「ああ、キミは」
面を上げたのは、ビジュウ・クラレットだった。浅黒い額に汗が浮いている。そして、右手にはトンカチを握り締めて、左手と左膝で白木の板組を押さえていた。アーチは、辺りを見回した。ビジュウ・クラレットの足元には、小型のチェーンソーやら、腐食防止のニスのスプレー缶だのが、転がっている。
「えらく旧式の棺桶だね。上じゃ、超軽量セラミックが流行ってるっていうぜ」
アーチは、白衣のポケットに両手を突っ込んだ。何時の間にか、相手がくだけた言葉遣いになっていることなど、ビジュウ・クラレットは気にも留めない。
「そんな贅沢な物は、この村じゃ売れないよ」
「そいつはオーダーメイド?」
アーチは、ビジュウ・クラレットの諸膚脱いだ背中を見詰めた。四十代半ばにしては、若々しい肉体。葬儀屋にしておくには勿体無いくらいに、良質の筋肉を保持していると見えた。上腕はCTスキャンに通すと、真ん丸で赤い筋肉がいっぱい詰まっているに違いない。
「いいや」
ビジュウ・クラレットは首を振った。その横顔に、微妙な笑みが浮かぶ。
「この間、村で行き倒れになったトレジャー・ハンターを埋葬してやろうと思ってね。隣町に行かないと、ここには簡易教会がない。野晒しではあんまりだからな」
「・・・・・・」
アーチは黙って頷く。
「ところで、《ZANZIBAR》のバルマンが言ってたんだが、タイガーズ・アイっていうお宝を御存知か?」
「タイガーズ・アイ?」
ビジュウ・クラレットは、暫し考えてから首を捻った。
「近頃トレジャー・ハンター達の間で話題の宝石だとは聞いたが・・・それ以上のことは知らないな。何でまた?」
「いえ、昨日お嬢ちゃん・・・オペラが《アレキサンダーズ・シスターズ》とやらいう三姉妹のトレジャー・ハンターに絡まれましてね。オペラはこう答えたんです。『あんな宝石のことなんて、知らないといったら知らないんだもん』」
「・・・・・・」
「ここらの状況で宝石といったら、タイガーズ・アイのことでしょう。何か彼女は知っているんでしょうかね?」
ビジュウ・クラレットは訝った。眉間に縦皺が寄る。
「キミには直接関わりの無いことじゃないのか?」
アーチは素早く両手を出し、ホールド・アップの格好をして見せた。
「イヤだな、老婆心までですよ。《アレキサンダーズ・シスターズ》みたいな莫連女たちに付き纏われてると、オペラがいずれどんな目に遭わされるか、心配で」
「キミに心配して貰わなくても、娘は私が守る」
そう言ったビジュウ・クラレットの手指の間から、釘が滑り落ちた。アーチはそれを素早く拾い上げた。手渡す瞬間に、ビジュウ・クラレットは出しかけた右手を引っ込め、自由な左手を差し出した。
「・・・有難う」
「いえ。あなたはいい人だ」
アーチは、天使のような笑みを浮かべた。そして、ビジュウ・クラレットに背を向けると、広場をまた引き返した。
再び白煙が上がる。
《ザザ診療所》の前には、今までにない行列が出来ていた。村始まって以来、いや有史以後このようなことが起こり得ると、誰が想像しただろう。
「並んで並んでー。整理券を持ってなきゃ、診察は受けられないよ」
ヴィオレッタのだみ声が、通りに響く。右手に紙の束、左手にホイッスルで、豊満な肉体を揺らし、せわしなく働いている。だが、その間も診療室をこまめに覗くことは怠らない。
診療所の狭苦しい待合は、人で悶々とした空気を孕んでおり、息苦しい中を更にヴィオレッタのような中年女が移動するものだから、溜まったものではない。
待合室の人だかりも、外の行列も、総て生物学的に分類すれば女性といえる人達ばかりだった。
「ああー、もう列を乱さないの!ソファの上に乗らない!診察室のカーテンを引っ張るな!」
がなりながらヴィオレッタは、カーテンを引き開け、犇いている女共を引き剥がした。中を覗くと、鬼女のようだった顔にバラが咲く。
「先生、どうですぅ?お疲れじゃありませんことぉ?お茶でもお持ちいたしますわ」
「いや、別に」
アーチは、患者の背中に聴診器を当てたまま、ヴィオレッタの方には振り向かない。本当は、いい加減辟易していた。いや、吐き気がしそうなくらいだ。何しろ、朝の八時から、今は午後三時まで、食事休憩三十分を除いて診察に明け暮れているのだ。
だが、ヴィオレッタ一人と顔を付きあわせているよりは、余程マシだ。譬え患者の大半が、棺桶に片足突っ込んだ老婆や、女を捨てたような中年女や、女とは呼べない子供であっても。譬え、小魚の小骨が喉に刺さったという訴えでも、逆睫毛が痛い、夫の口臭を治してくれ、という相談でもだ。
「そんなぁ、遠慮なさらないでえ」
ヴィオレッタは、くねくねと腰を動かした。尤も、何処から何処までが腰なのか区別が付きかねるが。
「そう仰るなら、奥さん。『DESERT ROSE』というスコッチを三滴垂らした、アイリッシュ・コーヒーでも作って頂けませんか?スコッチは三十二年モノでなければいけません。絶対、三十二年モノですよ」
「はあい。判りましたわ、先生」
ヴィオレッタの満面の笑みが、診察室から消えた。アーチは、ほっとしながら次の患者を呼ぶ。声も掠れて来た。
「ふふ、探せ、探せ。『DESERT ROSE』の三十二年モノを!・・・見付かるワケがない。あのスコッチは三十年前に出来たばっかりなんだっての」
行列が、乱れ始めた。
と、ともに悲鳴やら罵声が上がる。
「何よ、あんた。順番待ちよう」
「あたいら二時間待ちなんだからねえ。抜け駆けは許さないわよ」
待合室が、俄に騒然となった。そして、ずかずかという靴音が近付いたかと思うと、カーテンが引き開けられた。
「何だ、順番は守ってくれよ・・・や、お嬢ちゃん!」
アーチを見据えていたのは、鬼気迫る表情の美少女だった。オペラは無言のまま近付くと、いきなりアーチの右頬に平手打ちを食らわせた。
小気味良い音と共に、診療所内は水を打ったように静まり返った。
「アナタって、サイテ―!」
オペラは、震える拳を抑えながら漸く言った。頬げたに一発お見舞いされたアーチは、やや赤くなった部分を擦りながら、苦笑を浮かべた。
「よく言われるよ。男にとっては最高の褒め言葉だね」
「しゃあしゃあと言うのね。ジンに治療費払わせるつもりなの?で、昨日はお父さんに何を言ったのよ!?」
「何って、キミの事が心配だって」
「ウソ!それだけじゃない」
「他にあったっけ?」
「とぼけないでよ。宝がどうのって言ったでしょう!」
「あ!」
アーチは目に笑みを浮かべて、口元を押さえて見せた。
「何が、あ、よ。自覚が無いなんて、ますますサイッテーね」
「いや・・・」
「言い訳なんて聞かないわ。どういうつもりか知らないけど、家のことや村の問題に口出ししないで頂戴!」
「後ろ」
「何を古い手使ってんのよ、その隙に逃げようったってそうはいかないわ・・・」
と、いいつつもオペラは振り返った。そして、声をなくす。
「あ・・・」
待合室からカーテンの中を伺っていたのは、赤毛の女だった。相変わらずのホット・パンツ姿で、長い脚を組んでモデル立ちに立っていた。
「あたしが、かの有名な《アレキサンダーズ・シスターズ》の末の妹、チチよ。はぁい、男前の先生お元気ぃー?えっちしてるう?」
チチは、アーチに向かって投げキッスを送った。
「お元気ぃー、はいいんだが、オレの専門は精神科でも脳神経科でもないぜ。それとも、乳でも痛いのか」
「いやん、幾らあたしのオツムが弱いからって、ひどいわあ。でも、そういう冷たいところが、またステキね。そおなの?おっぱいが痛かったら揉んでくれるぅ?」
オペラは、呆然と二人を見比べた。
「サ、サイテー」
「邪魔ね、小娘。でもホントはあんたに用があって来たのよ」
チチは赤毛を掻き上げて、ふんと高慢に鼻を鳴らすと、ホット・パンツの尻ポケットから取り出した紙切れを、オペラに差し出した。
「『父親の命は預かった。午後五時までに公園の人柱まで来い。例のブツを持参するか、或いはブツの在り処を言えば、父親は解放してやる。刻限を一秒でも過ぎたなら、父親の命は無いと思え。《アレキサンダーズ・シスターズ》リーダー、グロリア』」
文面を声高らかに読み上げたのは、チチだ。
オペラは顔面蒼白になりながらも、震える手で紙切れを破り捨てた。
「公園の人柱ですって?あれは人柱なんかじゃないわ。人像柱って由緒正しい美術建築よ。ホントにオツムの弱い連中ね」
「まあ、よく言ってくれたわね。この小便臭い小娘が!」
チチは赤毛を並み立たせて、怒りを露わにした。だが、人質を手中に収めている側の余裕で、オペラに軽蔑の眼差しを向けるに過ぎなかった。
「あんた、下手なことをしたらオヤジの命がどうなるか判ってるんでしょうね?判ってるなら、さっさと言う通りに公園にいらっしゃい。じゃあね。ばーい」
チチは、捨て台詞を残すと、一目散に出て行った。オペラが追って診療所を出た時には、すでに通りにチチの姿は無かった。見掛けよりも身軽な女である。
「何で、キミのお父さんがタイガーズ・アイの事を?」
アーチはオペラの肩に手を置いた。
「タイガーズ・アイは墓地にあるという噂が、最近まことしやかに流れてるの。それで、葬儀屋の父なら何か知ってるかも、と思ってる輩はいるのよ。前からね。いい迷惑だわ」
「・・・さて、どうする?」
「ハッタリよ、ハッタリに決まってるわ。お父さんがあんなへなちょこ三姉妹に捕まる訳が無いもん!」
「へなちょこは確かだが、何をするかわからんぞ。相手は頭のボルトが数本外れた連中だ」
「とにかく、家に戻るわ」
「オレも行こう」
「え?患者を置いてどうするの?」
「患者はキミだ。キミはたった今、心に苦痛を抱えた。心の痛みを癒すのも医者の仕事だぜ」
オペラは小首を傾げた。漸く、肩に置かれたアーチの手の存在に気付く。
「馴れ馴れしいわね。気安く触らないで!・・・でも、ついて来るのはアナタの勝手よ」
オペラは振り向かないで、駆け出した。
父一人、娘一人の生活になって何年になるだろうか。オペラは言った。物心付かない頃に亡くなった母親の記憶は、確かに残っているが、もうすっかり親子二人の生活が肌身に染みているのだと、少女は言った。
葬儀屋という、実入りは少ないが、人生に終焉に関わる仕事に誇りを持つ父を、オペラは尊敬しているらしい。
尊敬出来ないにしても、出来るにしても、親が生きているというのは幸せな事に違いない、とジンは思った。ジンは両親の顔を覚えていない。武器職人だった祖父に育てられた事だけが、唯一の肉親との思い出だ。
同時に、ジンはオペラを健気に思った。
「聞いていいのかどうか判らねえけどさ、お袋さんはどんな人だったんだろうな?」
「さぁ。本当に面影もないのよ。でも、きっと綺麗で芯の強い人だったんじゃないかしら」
「へえ」
「お父さんみたいな偏屈な人と暮らしてたんだからね」
「偏屈オヤジねえ」
「昨日の墓地の近くに、ギリシア風の建物があったでしょう?カリアティードっていう人像柱があって、とてもやさしい女の人の像。お母さんがあんな感じだといいな、って思ってるのよ」
オペラははにかんだ。その笑顔は、年齢に相応な少女のものだった。
バール《ZANZIBAR》のシャッターが上げられたところだった。
ジンは、ぼんやりした考え事を止め、テンガロン・ハットを被り直すと、バルマンに軽く会釈する。バルマンは、愛想の良い笑みを、ジンに向けた。
「あんたかい。オペラに助けられたって男は」
「何で知ってんだ?」
ジンは瞳を瞬かせた。尤も、サングラスの下なので、バルマンに見える筈もないが。
「そりゃ、狭い村だからな。何か変わった出来事でもありゃ、半日で村の端から端まで伝わってるさ」
「行き倒れが変わった出来事かよ」
「いや、行き倒れは珍しいことじゃないが、あんたのその腰に下げてる物が変わってるってな」
バルマンは、言った。ジンは右腰のホルスターに手を掛けた。
「これはパウダーガンだ。プレミオーロには欠かせない」
ジンは言った。
「賞金稼ぎということは、あんたもタイガーズ・アイを探しに来たのか?」
バルマンは目を丸くした。
「タイガーズ・アイ?」
「知らないのか。ここらに伝わるというアジアの至宝だとか。そいつ目当てで、ここ数年この村にはトレジャー・ハンターだの賞金稼ぎだのうろうろしてんだ」
「オレをそこいらのゴロツキ共と一緒にすんな」
ジンは、ムッとして言った。
「悪かった、悪かった。ところで、あんた店に用が?」
「いや、《アレキサンダーズ・シスターズ》ってトレジャー・ハンター達を知らないか?派手なカッコの女三人組だ」
バルマンは、ぽん、と手を打った。
「あんた、あの三姉妹を捜してるのか。噂では聞くが、オレは実際にお目に掛かった事がなくてね」
「知らないのなら、用は終わりだ。あばよ」
「おおっと、旦那。折角だから一杯飲っていっておくれよ」
バルマンは、ジンの革ジャンの袖口を引っ張った。
「ああら」
二人の間に、女の声が割って入った。立っていたのは、青い髪の女だ。胸元も露わなウエスタンシャツに、気取った立ちポーズ。
「奇遇ね」
「て、手前ェ、《アレキサンダーズ・シスターズ》の・・・!」
言い澱んだジンに、女は妖艶かつ凶暴な笑みを投げ掛けた。
「次女のミモザよ。お忘れかい?ったく、お姉さまをコケにしやがって」
「何を抜かす、このアバズレめ!か弱い少女を恐喝するなんて、それでもトレジャー・ハンターか!?」
「ふん。どんな手を使ってでもお宝はゲットする・・・これが私達《アレキサンダーズ・シスターズ》のモットーよ」
ミモザは、自慢の巨乳を両腕に載せて、高笑いした。
「モットーだかオットセイだか知らねえが、いったいそのお宝、タイガーズ・アイってのは何なんだ?」
ジンは目のやり場に困りながらも、精一杯シリアスを決め込んで尋ねた。
「ど素人は困るわねぇ、坊や。そりゃ、もうスゴイんだから」
「見たのか?」
「見たことなんかないわ。でも、とにかくスゴイのよ。何てったって、虎のアレよ。名前からしてスゴイわ」
ミモザは身悶えして、言った。何か勘違いしてねえか、と思いつつ、ジンはバルマンと顔を見合わせた。
「あらやだ。私はそんなことを言いに来たんじゃあなくてよ。お姉さまからの伝言よ」
と、小汚い紙切れをジンに手渡す。
『昨日はよくもコケにしてくれな。今日は、そうはいかなくてよ。葬儀屋父娘を血祭りにして、お宝の在り処を吐かせたら、お前の相手をしてやる。首を洗って待ってろ。《アレキサンダーズ・シスターズ》リーダー、グロリア』
「汚い字だなあ、しかも下手クソな文章。こんなん出されたひにゃ、百年の恋も褪めるっての」
ジンは紙切れをくしゃくしゃに丸めると、後ろに投げ捨てた。
ミモザは、思わず柳眉を逆立てた。
「挑戦は受けて立つってワケね。男だわ。ということで、昨日と同じ所へいらっしゃい」
ミモザは捨て台詞を残して、去って行った。素早い動作だった。
ジンはバルマンの顔を見る。だらしなく相好を崩した中年男の顔が、そこにあった。どうやら、ミモザの無意味なくらい濃厚な色気にたっぷりと中(あて)られたらしかった。
「何しに来やがったんだ、あの女。・・・それにしても、オペラがタイガーズ・アイの在り処を知ってるたあ、どういう事なんだか?」
とはいえ、言われて見れば、昨日《アレキサンダーズ・シスターズ》がとった行動も辻褄が合うというものだ。
「取り敢えず、行ってみるか」
ジンはバルマンを置き去りに、歩き出した。
《デアデヴィルXIS》のあげる白煙が、乾ききった午後の空気に入り混じった。
「げえほ。げほほほ。げほ」
オペラ・クラレットは、タンデム・シートで噎せ返った。
「何よ、これ!この排気ガス。アナタ下手クソなんじゃないの!?」
「今時珍しい2サイクルなんだから、仕方ないだろう。しかもガスはフライオイルでね。ちっとばかし魚臭い」
アーチは、真顔で答えた。オペラは礼も言わずにシートから飛び降りると、石段を駆け上がった。自宅には、誰も居なかった。仕事場にもやはり、父親の姿が無かったのを確かめた。オペラははやる気持ちを抑えつつ、上がった。
約2200ccの排気量を誇るオンロード・バイクは、少女の後を追って石段を上った。
墓碑の並ぶ丘には、伝言の通り《アレキサンダーズ・シスターズ》の長女、グロリアが立っていた。
緑色に染め上げた長い髪を獅子のごとく棚引かせ、腰に手をあてがい、立ちポーズを決めている。さながら凱旋女王のようにも見えた。
グロリアの横手には、縛められた男が、赤毛の女に引っ立てられるようにして佇んでいた。
「お父さん!!」
オペラは叫んだ。だが、ここからはお約束である。赤毛の女は、高慢な笑みを満面に浮かべ、ビジュウ・クラレットにハンド・ブラスターの銃口を突き付けていた。オペラの足取りは、固まった。
「もう判ってるだろう?お嬢ちゃん。このオヤジしぶとくてねぇ」
グロリアは言った。ビジュウ・クラレットの頬は、赤く腫れ上がっており、唇の端に血の塊がこびり付いている。想像しなくとも、それが三姉妹によって父親に加えられた暴力行為の跡だということは、明らかだ。
「アナタ達の要求は判ってるわ。でも、私は知らないのよ」
オペラは正直に言った。
少女が今言えるのは、それしかなかったのだ。父親を見詰める目に、苦悶の炎が点った。青い髪のミモザが、走り出た。オペラの髪をやにわに引っ掴み、頬を張り飛ばす。右に二発、左に一発。
ビジュウ・クラレットは、思わず声を上げそうになった。
「なっ・・・」
「いい加減にしないと、本当に命はないよ!」
「知らないのよ。でも、お父さんを離して」
「この・・・!」
「やめてくれええ!」
叫んだのは、ビジュウ・クラレットだった。グロリアは、オペラとその父親の方を、交互に見遣る。
そして、不敵な笑みを見せた。
「・・・やっと喋る気になったかい」
「お前らの為などではない」
ビジュウ・クラレットは誇り高く答えた。アーチは、その葛藤に満ちた表情を見据えていた。
グロリアは、ビジュウ・クラレットの顔を見下ろした。
「・・・カリアティード」
「何だって?」
「あの人像柱の中だ。東側から二番目の柱の女の右手薬指に埋め込んである」
「な、何でお父さんが、それを・・・・!?」
オペラは息を呑んだ。父親がまさか、本当に至宝タイガーズ・アイの在り処を知っていたなどと。
「ほーっほっほほほほほ」
グロリアの高笑いが、低い空に響き渡った。
「判ったわね、妹達。直ぐにあの人柱を掘り返すのよ。タイガーズ・アイが手に入ったら、もうあんた達には用は無いわ」
グロリアは、ハンド・ブラスターの銃口をビジュウ・クラレットに押し当てた。
「約束が違うじゃないの!!」
オペラは必死の形相で叫んだ。だが、少女の肩は、末の妹の靴底で蹴られ、石段をよろぼうた。
「これが私達の流儀ってものよ。用が無くなったら、消えて貰うしかないわ。お足が付かないようにね」
「サイテー!」
オペラは、女達をきっ、と見据えた。ミモザとチチは、オペラの両腕を掴み上げ、羽交い絞めにした。
「お姉さま、早く!」
二人の妹達に急かされて、グロリアは石段を駆け上がった。夕陽が煌々と赤く人像柱を染め上げる中、グロリアは、ブラスターのグリップで、ガンガンと柱の表面を叩いた。
「何よ、壊れないわね!こん畜生」
グロリアは、地団駄を踏んだ。その時である。彼等の前を掠めた白い閃光が、丘に向かって突き通ったのは。
ドゴッ。鈍い破壊音とともに、グロリアは慌ててハンド・ブラスターを投げ捨てた。衝撃は、ハンド・ブラスターにではない、それが砕こうとしていた人像柱から起こった。
ほんの一瞬だが、一同は目を丸くした。
柱は幾分崩れ、灰色の粉が零れた。
「き、貴様ァ〜!」
グロリアが睨んだ視線の先に、逆光に縁取られたテンガロン・ハットのシルエットがあった。黒い影は、紛れも無く昨日と同じ物だった。男の出で立ちもポーズも、全く同じに再現されている。三姉妹は茫然として、顔を見合わせる間も無く、後退った。
と同時に、オペラの顔に安堵の色が浮かぶ。
「薄汚いハイエナどもが!」
ジン・スティンガーは、唾を吐き捨てて、言った。右手指をクルクルと回る《ブラックホーク》は、まだ熱い硝煙の匂いを撒き散らしていた。
「行き倒れのクセに、生意気な」
グロリアは、後ろ手にハンド・ブラスターを捕らえようと、後退したが、手の届く範囲ではなかった。その上、ジンは容赦なく、第二弾をグロリアの肩先に送り込んだ。
グロリアは突っ伏した。だが、ジンを狙ってミモザの右手が閃いた。武器を持っているのは、グロリアだけではない。
赤い光線が、ジンのテンガロン・ハットを掠める。
「行き倒れ、観念しな!」
「行き倒れ行き倒れ、とさっきから聞いてりゃ勝手な言い草を垂れやがって!」
《ブラックホーク》の銃口から、第三弾が発射された。
「オレ様には、ジン・スティンガーって名前があらぁ!」
「いやん。ステキな名前ね」
三女のチチが、思わず身をくねらせる。その隙に、オペラは腕を掏り抜けた。オペラは身を屈めて、ビジュウ・クラレットに駆け寄った。
「あっ!小娘!」
ミモザが咄嗟に反応した。ハンド・ブラスターの狙いは、ジンからオペラに変わる。
ハンド・ブラスターは一旦エネルギー充填をオフにしてしまうと、再放射に時間をロスする。この時、ミモザのハンド・ブラスターは、充填仕切るのに約五秒を要した。
トリガーが引かれる寸前、ミモザは絶叫を上げた。
「きゃああ!」
ミモザのハンド・ブラスターを弾いたのは、《ブラックホーク》では無かった。丁度、ジンとオペラの間、オペラ寄りの、もっと距離的には遠い場所からだった。
「アナタ・・・!」
オペラは瞠目した。少女と父親の命を救ったのは、白衣の男が手にしている見慣れないパウダーガンだったからだ。
黒光りのする、厳つい銃の、更に黒くぽっかりと開いた銃口からは、夥しい火薬の臭いがした。
ミモザは、岩場に屑折れていた。ハンド・ブラスターをまともに弾かれた上に、予想だにしなかったもの凄い衝撃に晒された結果だった。
ジンは《ブラックホーク》のトリガーに指を掛けたまま、アーチの方を見る。当の本人は、涼しい顔付きを崩さない。ちら、とジンに視線だけ送り、口許を弛める。憎いまでに自分を演出しているではないか。
「これ?出来ることなら、あまり使いたくなかったんだがな」
アーチは、嫌味ともとれる風にさらり、と言った。
「ななな何が手前ェ、扱ったことがあるだと!?そいつぁ・・・」
アーチの右手に軽々と握られた黒いパウダーガンは、その名も《キングコブラ・バニッシュメント》。幼い頃からパウダーガンを見慣れたジンが、見紛う事は無かった。
銃身に刻まれた、ラテン十字に絡まる毒蛇の意匠が、異彩を放つ。
「《キングコブラ・バニッシュメント》―別名《追放者の銃》。《称号》保持者でない、アウトティットーレ(《員外》)が持てる銃。確か原型はオールステンレス製の三十八口径ダブル・アクションだ。随分と重いトリガーの筈だ。そいつを軽々と扱うとは・・・いや、それにしてもヤツは、《パウダーガン使い年鑑》にも《プレミオーロ通信》にも載ってないぞ。どっから銃をかっぱらってきやがったんだ?」
ジンの注意が、一瞬逸れた。忌々しい思惑が、ほんの瞬間、ジンに隙を作ったのだ。
グロリアは、這い蹲って取り戻したハンド・ブラスターを、ジンに向けて発射した。
そこは流石にパウダーガン使いを自負するジン・スティンガー。咄嗟に受身の態勢を取り、半回転して岩場に突っ伏しながら、マグナム弾で迎撃した。
しかも外さない。お約束通りにグロリアのブラスターは、三度後方へ飛ばされた。
ジンは、視界を回転させながら、オペラ父娘の無事な姿を見た。
そして、次に起き上がった時、五発目をミモザの、六発目をチチの、それぞれの足元スレスレに撃ち込んだ。
「きゃああああん。許してえええ!」
「いやあああん。ごめんなさああい」
黄色い甲高い声が、夕空に響いた。
「ふん」
と、ジンは鼻息で硝煙を吹き飛ばし、オペラ父娘に向き直った。
「あ、ありがとう!」
引き攣った笑みを浮かべるオペラに向かって、ジンは首を傾けた。空薬莢の落ちる音が、チリンチリン、と音楽のように流れる。《ブラックホーク》のリロードを終えると、ジンは、そのフロントサイトを、オペラ達の方へ向けた。
「なっ、ななななな何なの!?」
オペラは身構えた。
「まさか、アナタもあの三姉妹と同じ!?タイガーズ・アイを狙ってたのね!」
少女の柳眉が逆立つ。
「勘違いすんじゃねえ」
ジンは言った。ジンの神妙な面持ちには、少しの悪ふざけの様子も伺えない。
「オレが用があるのは、キミじゃない。キミのお父さんだ」
「え?」
オペラは振り返る。ビジュウ・クラレットは、既に縛めを解かれていた。オペラは、父親の強張った表情に、別の人格を見たような気がした。恐喝されている訳でもなく、何かに怯えている訳でもない、厳然たる表情。口許に刻まれた皺が、深く窪んだ。
「ビジュウ・クラレット。いや、《銃将》ブランディ・ガンプ」
「・・・・・・!」
オペラは両手で、自分の口許を覆った。
ビジュウ・クラレットは、一度大きく息を吐いてから、実娘の肩を優しく押し退けた。オペラは、声も無い。ふと見遣ったアーチの表情が、総てを物語っていた。
何も知らなかった、いや気付かなかったのは自分だけなのだ。
「お父さん!」
「案ずるな」
ビジュウ・クラレットは言った。その頬に、西日が射していた。
終章へつづく
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