第十四話
 〜ディジトゥス・デイ 神の指  disitus dei


第一章 肩胛骨はツバサの名残 
 
(3)

 オヤジは、オレを見るなり食事に誘った。いつもの事だ。痩せた体つきのオレに、何か食わせる事ばかり考えている。
 だが、生憎オレは太る体質ではない。少しのトレーニングで、アスリート並みの美しい、鋼を束ねたような筋肉質の肉体になるのだ。敢えてマッチョになる必要などこれっぽちもない。
 少なくとも地上の、人間と名の付く男の誰にも、オレは喧嘩などで首をへし折られる心配はしなくていいから。
 オレの肉体は、天工の創作物に限りなく近いのだ。
 実際には、それが禍々しい悪魔の手に拠って作られたものだったとしても。
 無論、食事にはマリーナも同席した。居心地の悪い取り合わせだが、マリーナはオレのオフクロなんだから仕方が無い。一体何時まで続くのかは知れないにしても。
 マリーナは、実に淡々と食事中もオレを研究所案内した事を、オヤジに話す。オヤジもあっさりとした反応しか返さない。傍目で見ていて、この夫婦は何十年と連れ添ったかのようにさりげなく見えるだろう。実際は数ヶ月と経っていないというのに。
 さすがに《青ひげ先生》の面目躍如、とオレは内心思う。
「保存室も見せたわ。面白かったでしょう?」
 マリーナは、ピッツア・マルゲリータを頬張りながら言った。
「別に。人間のバラバラにされた器官なんて面白くも何ともない。生身じゃないと」
「こいつは、そういうのには興味がないみたいだ。昔から」
 オヤジはマリーナに向かって言った。
「あら、おじいさまの脳には興味を示してたでしょう?」
「・・・説明されたからさ」
 オレは、飽く迄無関心を装って応えた。
 その時、見たからだ。無邪気に笑うマリーナの横で、オヤジの視線が胡乱な動きをした事を。オレは見て見ぬ振りで、苦笑を作って見せた。
 オヤジを恐いと思った事はない。
 だが、この時のオヤジの目付きは、一瞬だったが凍り付くような堅い視線だったのを、今でも覚えている。
 また堅苦しい話だが、諸君は、人間の考えや感情は脳に存在するという知識を持っていることだろう。「心中」「胸中」といっても、感じるのは脳だ。
 脳にはさまざまな役割がある。
 一言で説明するのが疎まれるくらいに。
 大脳の記憶中枢につながるニューロンの樹状突起の網目が細かいほど、記憶が定かな人間であり、客観的に判断して、優れた脳の持ち主であることがいえる。
 だが、残念なことに、どんな優秀な頭脳を持つ人間でも寿命や疾患で死に至る。死ねば、その優秀な頭脳は終わりだ。記憶を保存する事が出来ない。
 そこを、なんとかならないだろうか。そう考え出したのが「記憶のデジタル化」だ。
 聞いたことが無い、という諸君も多いだろう。これは公にはまだ明らかにされていない技術だからだ。
 考案したのは、ユーロ総合科学研究所のプロジェクト・チームだ。名前は伏せておく。これは、プロジェクトそのものが「記憶のデジタル化」にあったのではなく、飽く迄それは副産物であるのだから。
 オレは大脳生理学にも、神経学にもそう詳しくないので然程判らない。
 ただ、方法論としては、ニューロン地図の作成という、とんでもなく退屈で気の遠くなるような作業に基づく。それは確かだ。
 仮にAという人物がいて、Bという人物の記憶をそっくりAに移植させようという実験を試みてみる。
 まず、被験体Bのニューロン分布を把握せねばならない。そして、それをまるごとコピーして、仮の脳を作るのだ。
 しかし、脳細胞を一口に作るといっても容易ではない。
 我々の脳は生まれついてニューロンを持っている。それをまっさらな容れ物にして、他人の記憶を入れようなどと困難際まりない事だが。つまり、Bの記憶をAに移植する為には、Aの脳からニューロンを除去しなければならないのだ。
 そこに記憶を保存するという骨組みと、さらに言語野別に個人の記憶を引き揚げる。科学者は「記憶のサルベージ」と呼ぶ。引き揚げたものをコンピュータでデジタル処理後、インプットするという遣り方だ。
 コピーは勿論、遺伝子操作で造り出すものだが。
 果たして、そっくり同じ物がコピーされるとは限らない。それは、「パラケルスス・チャレンジ」におけるタンパク質の複製や変成でも同じ事がいえた。人間の記憶にしたって同じだ。使わない記憶は神経伝達回路が萎縮してしまう。だが、「たしかこんなことがあった・・・」というくらいの記憶は残っている筈だ。
 逆に、本人にとって無意識だった記憶が甦る事もあるだろう。
 デジタル化では、恐らく元の記憶をそっくり精密にフォローして復元する事は出来ない。いや、事実出来なかったのだ。
 こんな話をして何になるのかって?
 その時、ふと思ったんだ。マリーナが言った言葉の真実味。
「そうよ。飽く迄容れ物。人間の記憶や魂は、ここにはないわ」
 もしかしたら、オレのジイサンの脳は蛻の殻。記憶は総て吸い取られ、デジタル化されてしまったのではないだろうか。そして、それは単に別の容れ物に入れて実験に使うだけではない。もっと実用的な事に利用する為に。
 オレは、オヤジとマリーナが仕事を終えたらクラブに行くだの、週末はローマに行くだのというお熱い話をしている事など、まるで耳に入らなかった。
 
 オレは、国家試験の勉強もしないで、只毎日ヴェネツィアの街を満喫していた。
 不思議がる事なんて、何も無い。オレだって、十四歳の感受性の鋭い少年なのだから。いろいろ思う事だってある。
「少年は誰しも『哲学』に生きながら『思想』に憧れ、大人は誰しも『思想』に生きながら『哲学』に憧れる」
 これは、オレの持論だ。
 いつから子供は『哲学』を捨てて、『思想』を携えるようになるのか。オレには判らない。既に、オレは『哲学』を見失っていたから。悪い事だとは思わない。遅かれ早かれ、皆来る。
 オレは、既にオレの『思想』でのみ生きていた。『哲学』と言う人類普遍的な命題は、たまに顔を出すだけの、とても疎遠な存在でしか無かった。大人はそれでなくては、生きていけない。
「人を殺す事は何故悪いの?」
 これは『哲学』的な問い掛けだ。
「殺す事は悪い事。だが、殺さなければ、自分が生きていけない」
 これが『思想』という答えだ。答えは様々かも知れないが。
 どうして青少年が『哲学』書みたいな物を読み漁るか。人は、人類普遍のテーゼに生まれながらに従い、実践しているにも拘らず、ある日突然疑問を生じる。
 そうして、七転八倒しながら『哲学』から『思想』という変質した物を入手しないと、大人になれないのかも知れない。
 消去法で生きていく事は簡単だ。
 したくない事を、知らない振りすればいい。
 人が死ぬ為の引導を渡すのは面白くないから、研究室に残る。オレは少なくとも、そのつもりでいた。皮肉な事に、実際はそうはならなかったが。
 こう見えても、オレは早起きだ。午前七時前には起きて朝飯を食べると、水上バイクで本島に向かう。ヴェネツィア大学の図書館で、博士論文の準備をするのに二時間は掛ける。
 それから、大概キャンパスを一回りして、女の子に声を掛けられるままに昼飯を食う。
 オレの論文に興味があるかい?
 面白くない物は書くつもりない。医者にもなってない内から博士論文を書くなんて、不遜だと思わないで欲しい。
 今はそういう風潮なのだから。
 オレの専攻は学際病理学、とくに小児病理学だ。
 「学際」という言葉は、文字通り「学問の際(きわ)」だ。比較文化的な学問が二十世紀には流行ったというが、それよりももっと実践的生活に密着した学問といっていいだろう。民族と民族、国家と国家の交流から生まれた文化は、人文学系分野以外にもあるのだ。
 だが、Pathology(病理学)と言っても、馴染みが少ないかも知れない。例えば、Prevention medicine(予防医学)というのが一般的に馴染みがあるくらいか。
 病理学の歴史自体は、非常に古いもので、臨床医学の活躍に隠れた存在であるとはいえ、病理を学ぶことは基礎中の基礎だ。
 二十一世紀から盛んになった予防医学は、「予防医学科」「予防歯科」などといって、現在は完全に独立してしまった感があるが、もとは病理学の一端なのだ。
 例えば、文科系の学科に「哲学」という項目がある。哲学の中には、倫理学、東洋思想、キリスト教哲学等のさまざまな科目が存在する。これを「哲学」を、「病理」に、倫理学などを「血液病学」「細菌学」「ウイルス学」などに置き換えてみれば、大体の所は想像がつくだろう。
 病理は、一般的に人間が如何様にしてさまざまの病気に罹るのか、原因と仕組みを解明するロジックを探す様なものだ。
 オレが直感的に思うには、決まりきった方程式を解きさえすれば解決するような頭脳の持ち主では、病理のロジックは永遠に解けないということだ。
 つねに、病理学者には疑問が必要であり、それ以上に閃きが不可欠だ。
 その為には、あらゆるロジックを解明する為のマテリアルとしての、細分化された学問を必要とする。病理学者は、神経系、血液病、細菌学、ウイルス学解剖学、検査医学、遺伝子学・・・総てを網羅して、なおかつ優れた判断力を有していなければ、只のハッタリ屋に終ってしまうのだ。
 とはいうものの、実際に病理学者を志したといって、何の華々しい活躍もなしに老いて行く人間は数多いる。大学教師になっても、陰気で面白くない授業の後は、大学の暗い研究室に閉じこもっているくらいのものを想像するだろう。出世など端から望まない方が身の為だ。
 とにかくそういう、苦労が多い割にはあまり表舞台に立たない学問なのだ。
 オレに似合わないって?
 若い時しか役に立たない臨床外科医や、最早機械なしには何も出来ない眼科医よりは、ずっと遣り甲斐があると思うぜ。
 オレが掲げた論文のテーマは、
『多人種間におけるHTLVの感染ルート』
 についてだ。
 HTLV−Human T-cell Leukemia Virus ヒトT細胞白血病ウイルスは、成人T細胞白血病(ATL)の原因となるウイルスだ。
 病名に成人、とあるがこれはおもに四十代以降の人間が罹患する率が高い為にそう呼ばれる。
 白血病は、白血球の細胞が際限なく増力する、血液のガンと呼ばれる病気であり、ATLはリンパ球の一つT細胞が増殖する。T細胞は、本来免疫機構の要ともいえる仕事を担っているのだが、これは人間社会も同様、『船頭多くして船陸に上がる』という状態だ。
 HTLV−1型という白血病が発見されたのは、二十世紀末の日本だ。
 研究チームは、このウイルスが家族性感染症である事に着目して、ウイルス保持者、つまり抗体陽性者の分布を国内外で調査した。それによって、日本民族の来歴をも解き明かしたともいうが、定かではない。
 日本は、今何処にも存在しないのだから。
 だが、ウイルスは残った。
 抗体陽性者が結婚し、子供を作れば母体からHTLVは感染する。従来は、HTLV-1型では感染力が弱く、母乳を媒介としてのみ感染すると定義されていたのだ。
 しかし、新型16F型(型は発見の日付、月の順で英名で付けられている。これは二月十六日の発見だ)は、HIVのように胎内感染をも起こすのだ。
 HTLV-16F型の発見は、二十二世紀後半の事だ。二十一世紀には見られなかった。
 この進化を何と見るか。
 日本と言うHTLV繁殖の大きな土壌を失った故の進化であるのか、それとも種の遺伝子封鎖がもたらした突然変異か。もっぱら、そこのところは明かされていない。本来、ウイルスは進化する生き物だ。
 出来得るならば、HTLV感染ルートから小児病理学的な予防措置の発展に論理を持ち込みたいところだ。だが、果たしてそこまで辿り着かざるを得ないとしても、倫理的に享受されるかどうかは、判らない。
 何故なら、今のところこのHTLVに関して、やはり有効なワクチンが存在しない、という問題点があるからだ。
 発症してしまえば、それなりに有効な手段は多々ある。死亡率は二十世紀末に比して、数倍も下がった。インターフェロン療法に有効な遺伝子操作が加わったからだ。とはいえ、再発の危険が無いとも限らない。患者は一生、HTLVの脅威に晒されて生きていかねばならないのだ。
 事は如何に感染を防ぐかに掛かっている。かといって、遺伝子スクリーニングで感染が判明した胎児を、容易に処分してしまえるかというと、それは倫理的に悖るという訳だ。生まれる前から、いずれHTLVが発症するかもしれない大きな可能性を抱いた子供を生まねばならない母親と、現実に生まれて来た子供を、オレは幾例もアジアの地で実際に見て来た。
 優生学的な問題が絡み合うことの難しさが、そこにある。これは数百年もの昔からいわれて来た、危険な選民思想に結び付くものとして、非常にデリケートかつ社会的なテーマだ。かつてアシュケナジー(東欧系ユダヤ人)に多かったテイ・ザックス病や、ハンチントン舞踏病の遺伝子スクリーニングが、問題となったように。
 オレは、それまでやっていた歴史病理学をうっちゃって、その事に没頭し始めた。
 何故だろう。理由なんてないか。
 強いて言えば、オヤジのお蔭かも知れない。
 オヤジにくっついて世界各地を移動している内に、興味も動いたのだろう。
 但し、こういう人類学的なにおいのする学際病理学は、実にフットワークが軽くなくてはいけない、ということだ。西に病気と聞けば走り、東に感染症と言われれば赴く。
 蓋しオレがやろうとしている事は、諸君がよく知っている臨床医のそれとは、まったく性格の異なる物だということは確かだろう。
 オレは、内心マリーナが、また地下の保存室に案内してくれないものか、と淡い期待を抱いていた。
 『Giappone』の文字が見えた標本を見てみたい。本当に日本人のものであるのなら、出来得れば、標本の一欠けらでも失敬して、遺伝子分析をする。勿論、HTLVの抗体陽性者であることを確認するのだ。
 オレの論文が、それで画期的に進歩するような、そんな気がしていた。
 実を言えば、そういう下心も手伝って、オレはヴェネツィア大学に日参するようになったのだ。

 午後五時になれば大学を出てよく行くバールに腰を下ろし、子供らしくキャラメル・マッキアートを注文する。このバールは三百年も続いていて、世界的有名人のナントカいう映画監督もよく撮影の時に寄っていたとか。ああ、ルキノ・ヴィスコンティだ。バールの主人は言う。オレの顔を見る度に、
「『ヴェニスに死す』の美少年みたいだ」
 と。オレはそんなに自分をシャープな顔立ちとは思わない。俳優は北欧人だった。オレはもう少し、線が荒削りで南国生まれだ。子供にしては少々男臭いんではないかと思う。
 流石にこの季節は、ラグーナで読書というわけにいかず、バールで二時間程を過ごす。
 キャラメル・マッキアートを飲み始めて、数分も経たないうちに、サイレンが鳴り始めた。
 窓の外を見ると、露天商の連中は俄にいそいそと店をたたみはじめた。向かいの花屋も、バケツやら花箱を片付け始める。広場は恐らく鳩も飛び去り、ベンチもなくなっているだろう。無論、犬の散歩も中断だ。
 バールの店内はといえば、女性は皆二階のラウンジに上がってしまい、カウンターに残っているのは、オレと後三人の客、そして主人だけだった。
 サイレンの後、十分もしないうちに道路は水浸しになった。
 澱んだ水は、容赦無くバールの中に侵入してくる。あっという間だ。ストゥールの脚の中程まで、直ぐに海水が押し寄せて来た。
 オレは、ストゥールの上に両膝を抱える格好で座り、他の客も同じ格好だ。第三者が見たら、実に滑稽だろう。長靴でも持って歩くか。いや、そんな用意周到なヴェネツィア人は、ヴェネツィア人じゃない。
 窓の外は、まるで運河だ。
 久しぶりに見る光景に、しばし感慨深く眺めていると、じゃぼじゃぼと音を立てて店に近付いて来る男がいた。
「マーリオ」
 オレは、笑った。
 マーリオは実に用意が良かった。胸までの長靴のようなウエットスーツを着込んで立っていた。
 水圧で、ドアは開かない。マーリオは、窓を開けて入って来た。
「おやっさん、熱いのを一杯。ミルクは要らないよ」
 マーリオは景気良い声で言った。主人は、あいよ、と頷く。当然カウンターの中も水浸しだが、主人は長靴を履いている。
「どうしたんだよ?」
「いや、キミに会いに大学に行ったら、出たというんでね」
「マリーナの所へ?」
 マーリオは、カウンターに置かれたカッフェを両手で包むようにして持ち上げた。オレが午後はここに居ると言う事を知っているのは、マリーナくらいのものだ。オヤジは、オレの行動には無関心だ。マーリオは、カッフェを啜りながら、意味ありげな笑みを浮かべた。
「マンマとは呼べないか。まあ、若いしな」
「オレの母親じゃない。オヤジのワイフだ。ま、少なくともオレにとっては、赤の他人だ」
 オレは飽く迄冷めた口調で言った。
「赤の他人と言うことは、異性として意識出来るというわけだが?」
「オレのタイプじゃないね」
 と、オレは生意気に言って見せた。事実を述べたまでだ。マーリオは、くくっと声を立てて笑った。
「ジャック―オヤジさんとは好みが違うと言いたい訳だな」
「ふん。オヤジが利巧なら、五度も結婚なんてしないだろうな。マリーナなんて年上男を誑し込んだ一人前の上臈ぶってるだけで、まだ中身は女の子さ。オレは、もっと気風が良くてケレン味のある女がいい」
 オレは言った。十四歳の言にしてはかなりイキがって聞こえただろう。だが、思った事をつい正直に言ってしまうのが、オレの癖だ。
「成る程、その歳でいい趣味じゃないか」
 マーリオは呆れもしないで、にんまりと笑うだけだった。
「ところで、キミに見せたい物があってな」
「見せたい物?」
「ああ。水が引けたら行こう」
 マーリオは、道路を眺めた。水は引け始めていた。これが、ヴェネツィア名物アクア・アルタだ。

 高潮の中のチッタ・デル・アクア・フロート。ラグーナは、まだいつもより波立って苛ついているように見えた。黒い海面から、今は沈没都市の姿は伺えない。
 《ディ・フェッロ・ラミエラ》の上を渡るオレとマーリオ以外に、誰もいなかった。
 今日は午前中で工事はあがりなのだそうだ。これも、アクア・アルタの為らしい。
 責任者であるマーリオだけが、一人残業というわけだ。
 居住区を右手に、オレはマーリオの後をついて行った。浮かぶ鉄板は、端の排水口からごぼごぼと海水を吐き出している。排水設備は既に活動しているのだ。そうでなければ、作業は進まない。
 巨大な空母が浮かんでいる、という感じになってきた。居住区の一部は、既に幾つかの建造物の骨組みをにょきにょきと生やしている。工事は思ったよりも進展が芳しいようだ。
 オレは、曇り空を見上げながら、ふと思い出した。
 これと同じ構造であるトランス・エスト・オリエンティコ・アウトストラーダ(東アジア太平洋横断高速道路)が、アクア・フロートである理由は、気象条件以外にももう一つ。
 いや、こちらの方がより重大な事であるに違いない。
 それは敷設されたルートにある。
 旧ルソンからピョンヤンまで直通の、東シナ海を渡る高速道路。これは、そのままかつての極東地域における原油輸送ルートに当たった。今は枯渇して何も上がらないスプラトリー諸島の海底油田から、日本及び韓国、北朝鮮に原油を運ぶ海運ルートそのままなのだ。
 スプラトリー諸島は、南沙諸島ともいい、南シナ海はフィリピン、ブルネイ、マレーシア、ヴェトナム、中国、台湾に囲まれた海域に散らばる群島。この海域に最初に石油が発見されたのは、二十世紀後半ヴェトナム戦争末期の頃だった。ステイツの企業が開発したというが、詳しい経緯はオレも覚えていない。
 バホー油田、ホワイトタイガー油田、ビッグベア油田、と次々に油田が採掘され、一躍諸島周辺は注目の的になった。まさしく、この高エネルギー海域を制したものは、東アジアの覇者となるのだ。
 そして、永年、包囲国の領有主張に戦々恐々としていた海域は、ついには中国に大々的な占領を許してしまい、それが発端になって
台湾との小競り合いが勃発した。出遅れたヴェトナムが入って三つ巴になる。フィリピンは国力が疲弊し過ぎて、そんな余力が無かった。だが、この状況をよしとしなかったのが、ユナイテッド・ステイツだ。
 ヴェトナム和平協定後、すべからくこの地域から撤退していた米国も、指をくわえて見ていた訳ではなかった。米軍はまたしても、かつての南ヴェトナム駐留軍と同じく、甘い言葉でヴェトナムへ軍事援助を打診し、東はかねてより懇ろな関係の台湾に派兵し、中国への反撃を図った。
 その海域で、唯一中国のシーパワーに対抗出来たのは、事実米国艦隊の空母機動軍であり、何しろ米国は、既にフィリピンを撤退し、シンガポールと南ヴェトナムに寄港地を置いていた。
 そして、「南シナ戦争」が始まる。
 結果的には、第一次は中国は米国に屈した形で痛みわけとなった為、スプラトリー諸島から手を引かねばならなくなった。だが、数年後、中国は台湾に進出し、武力併合を試みると共に、台湾が領有していたスプラトリー諸島の一部を奪取。そこへ、駐留米軍が反撃を加え、再びの「南シナ戦争」がはじまる。
 この流れで、米国を中心とした同盟国軍と、中国・中東を軸にしたアジア連盟軍との大々的な戦争に突入したのは、言うまでもない。「第三次世界大戦」だ。
 トランス・エスト・オリエンティコ・アウトストラーダの計画は、既に当時完成していた。
 当然、極東アジアへの石油・レアメタル輸送ルートの確保としてだ。主に指揮をとっていたのは、当時の日本政府だった。
 皮肉な事に、着工が始まったのは大戦後で、スプラトリー諸島から石油燃料が消えた後だった。 間もなく、日本は滅亡する。
 残ったのは、殆ど無意味なトランス・エスト・オリエンティコ・アウトストラーダだけだ。
疑問が残るのは、何故にエネルギーが涸渇しても可動式道路を敷設する必要があったのか、という事だ。世界住民の多くは、上層都市へ移民を始めていたというのにだ。
 少なくとも、トランス・エスト・オリエンティコ・アウトストラーダは、きな臭い目的の為に建設された。
 《ディジトゥス・デイ》は、果たしてヴェネツィア市街復興の為にのみ作られたものなのだろうか?

「そこは市庁舎の敷地だ」
 マーリオは言った。そして、ずんずんとアクア・フロートを東へ進む。
 やがて、プレハブ造りに似た小さな事務所のような建物に入ると、マーリオはオレに外で待っているように言った。
 マーリオが事務所に篭もって数秒も経たないうちに、オレは足元に違和感を覚えた。
「なっ・・・」
 《ディ・フェッロ・ラミエラ》が割れた。モーゼの出エジプトのように、ではないが、オレのいた足先数センチの鉄板がぱっくりと裂けたのだ。
 そこから現れたのは、黒い海。裂け目はどんどんと広がって、数十メートルに達した。さらに芸が細かい事に、鉄板はジグザグに分かれていた。
「カナル・グランデだ」
 マーリオは言った。
「可動式で、普段は開いているが、災害時や非常時には繋がったり広がったり出来るという仕組みだな」
「凄いじゃないか」
 オレはぼんやりと、開いた人工運河を見詰めていた。と、同時にそれほど手離しで喜ぶ気にもなれなかった。確かにカナル・グランデは最もヴェネツィアらしい風物だ。交通、輸送の面でも欠かせないだろう。
 だが、本当にそうなのだろうか。本当に、市民生活の為だけのものだろうか。
 若いオレには、その時は浅薄な考えしか浮かばなかった。これが、軍事目的など一切関わりないなどと、そこまでは思わなかったにしても。もう少し政事に感心を持つべきだっただろう。
 その時だったか。
 オレとマーリオしか居ない筈のアクア・フロートに、誰かが気配を落としていったのは。
 オレはカナル・グランデから目を離した。元来た道を見渡す。だが、ぱっと見には何も伺えない。
「どうしたんだ?」
「誰かが・・・」
 そう呟いたオレに、マーリオは首を傾げて見せた。
「今日は午前で皆陸へ引き揚げたよ。それに、ここに上がって来るには、パスが必要だ」
 確かに、マーリオの言う通りだ。だが、オレは既に歩き出していた。
 いないなんて事はない。オレの、フォーティファイド(強化人間)の聴力は常人の三倍はある。高音域は聞き分けられないにしても、手に持ったグラスの中身を揺らせば、目を閉じていても、それがキャンティ・クラシコだか、ガスオイルだかの区別はつく。
 海が開けたままの鉄板を、オレは早足で歩いた。
 居住区には、まだアクア・アルタの名残がある。濡れた床一面を見ると、そこにはオレとマーリオの靴跡以外に、第三者の靴跡が僅かに残されていた。
 オレよりもやや小さい靴の跡。
 市庁舎予定地には、シートが被せられたままだ。オレは、その裏手に回った。先程、表からは全く見えなかった所だ。
「誰かいるのか?」
 誰何に応える筈がない。工事関係者なら、オレごときに追いまわされなくてもとっくに出てきているだろう。逃げるということは、少なからず、関係者ではないということであり、不当な手段で以ってアクア・フロートに上陸した証拠だ。
 オレは静かに歩み寄った。シートの外れかけた部分に。そこには、鉄材置き場があった筈だ。
「おい」
 蹲っていたのは、白いヤッケを着た少女だった。オレは、近付いて行った。
 少女は弾かれたように後退った。
「あ・・・」
 オレは思わず、息を呑んだ。
 少女はヤッケのフードを風に攫われて、首筋に掛かる短い金髪を押さえていた。オレは茫然としたまま、言葉も無かった。
 湖のような青い瞳をした少女。
 少女は怯えた顔付きで、オレを一瞬だけ見据えた。瞳は驚愕と何やら他の感情とで潤んでいた。それは、オレも同じだったかも知れない。
「ディアーヌ!?」
 オレの叫びと同時に、少女は走り去った。追ったとも。だが、もう遅い。
 居住区を抜けたすぐ側は、開いたカナル・グランデが見える。
 事もあろうに、少女は躊躇いもせず、大運河に飛び込んだのだ。
「・・・・・!」
 呆気に取られる間も、オレには与えられなかった。

第二章(1)へつづく
 

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