第十四話
 〜ディジトゥス・デイ 神の指  disitus dei


第二章 世界は狭すぎる  
 
(1)

  マーリオは、オレの言葉を半分信じていないようだった。口調は兎も角、オレにはそれがありありと判った。
 尤もだ。信じられないだろう。真冬の海に普段着のままで飛び込む少女がいるなんて。
 それを追って、同じく飛び込んだ少年を目の前に見たなんて、だ。
 全く、オレは第三者が見たら気でも違ったかと思うような、行動をとってしまった。しかも、それがオレの生き別れた年子の妹を追って、とは。
「・・・そうか。やっぱり娘さんはいたんだな。生き別れとは、言いたくも無い所以でもあるんだろうがな」
 マーリオはしみじみと言った。オヤジに何か言いたいのだろうが、オレは聞いて聞かぬ振りをした。
「他人の空似かも知れない。近付いた訳じゃないから」
 と、オレは答えた。オレは、素っ裸にされて、分厚い毛布に包まれていた。濡れた衣服と共に、オレは電気ヒーターの真ん前に座っていた。まるで、びしょぬれになったムクイヌのような惨めな気分だった。
「しかし、名前を呼ばれて逃げたというんなら?」
「海に飛び込むなんて。ま、あいつならやりかねないけどな」
「心配しすぎて幻でも見たというんなら、キミは病院にでも行った方がいい」
「・・・・・・」
「まったく、着の身着のままで真冬の海に飛び込んだなんて、自殺でもするのかと思われるぞ」
 マーリオは、オレが零下二十度のドーバー海峡を裸で渡っても死なない、という事を知らない。

 ディアーヌ。
 順を追って話すには、それなりに伏線も必要というわけで、オレは徒に無駄話をしている訳ではない。
 オレには、妹がいる。生きているなら今十三歳だ。
 まるでオレと瓜二つの容貌をした女の子だ。ただ、瞳の色は違う。妹の瞳はイタリア人には珍しく、冷たい湖のような色を湛えていた。
 さて、オレが自分と他所の子供との違いを認識したのは、いつだったか。
 普段は至って普通にスプーンやフォークを握ることが出来る。走るのも息をするのも同じだ。
 だが、ふとした拍子にバカ力が出てしまう事に気付いたのは、保育園に入れられた時だった。ムカツク同級生をどついたら、二メートル余りも吹っ飛んで、その子は失神した。幸い、柔らかい子供の体だったので、骨折も何も無かったようだが。
 オレは即退園させられた。それ以来、二度と保育園には行っていない。
 当時オレの母親だったヴィットリアは、何故か平然と取り澄ました顔で園にオレを迎えに来た。少しも動じる様子がなく、ぼんやりしていたオレを連れ帰った。
「僕は何をしたの?」
「アナタ、神様にお祈りしたでしょう?」
 と、ヴィットリアは微笑んで言った。
「『どっか行け』って思った」
「そうね。アナタは神様にお願いが通じやすいのね。だから、すごい力が出たでしょう?これからは、滅多にお祈りしたらダメよ」
 ヴィットリアは巧みな言葉でオレを包み込んだ。この女性の包容力に、オヤジは惚れていたのだと思うが、ウソにしては大したものだった。
 だから、特別な事をした訳ではない。徐々に力のコントロール方法を覚えれば、別段普通の人間と変わりなく過ごせるのだ。
 尤も、これが強化人間(フォーティファイド)であるという決定的な証拠を得た訳でない。
 オヤジは何の説明も弁解もオレ達にはしなかった。
ほんの子供だったオレにも、自分の能力の事は充分に理解できたし、落胆もしなかった。オヤジに切ない言い訳や説明を期待する方がバカなのだ。
「お前達は、神が私に与えてくれた子」
 という意味深な言葉だけが、記憶に残っている。それ以上でも以下でもない。
 だが、オレはその言葉こそが、オレと妹を強化人間である事実を示しているのだと、悟った。
 強化人間といえば、通常は志願兵か服役者にしか存在しない。しかもある程度の年齢に達した者だけが、任意で手術を行ってなるものだ。
 だが、オレと妹が強化人間だというのは、つまり生来のものだということを意味する。
「何故なの?」
 妹は、ディアーヌはいつもオヤジに食い下がった。
「わたしは他の子と違うの?」
「いいや、全然違わないよ。ただ、他の子よりも丈夫なだけだ」
 と、オヤジは答えた。ディアーヌの、オヤジを見る目に炎が点っていた。明らかに、妹はオヤジの態度を憎んでいた。
「うそつき」
 そう言って、ディアーヌはオヤジを睥睨しただけだった。それ以来、オレ達自身の肉体について、オヤジに訊いた記憶が無い。訊いたとしても、取るに足らない事だったり、まともに返事を貰ったわけではなかったのだろう。
 とはいえ、これがオレ達親子、兄妹の行き違いを生まなかったといえば、大いなる嘘になる。
 ディアーヌは、真実をオヤジの口から聞きたがった。オレは、そんな事は聞きたくなかった。オヤジは言わなかった。その違いだ。
 全く、オレが強化人間としての能力を疎んじなかったという訳ではないが、むしろオレのような内面が至極デリケートに出来ている人間にとっては、良い事だらけだ。
 外部武装の必要がまるでないし、「自分は特殊なのだ」という理由で、同年代の子供に合わせる必要も無い。それなりに、鬱陶しい子供同士の関係も経験したが、オレはこの能力の為に、いつも他人に迎合したりしないで済んだ。
 寂しい事かどうか、判らない。オレには、少なくとも必要の無い事だったから、追従笑いや無意味な愛想は振り撒かなかった。只、好きな時に笑えばいいし、泣けばいい。
 ディアーヌは、そうではない。
「普通の子と一緒にいたい。友達がいないんだもん。お兄ちゃんには判らないのよ。お兄ちゃんは強いから。お兄ちゃんは何をしても、上から物を見るような態度でいられるんだから」
 ディアーヌは、オレにそう言った。
 気持ちは判るが、それは叶わない事だ。総ての人間同士において、叶わぬ事だ。オレは生憎そんなに強い人間ではない。臆病だからこそ、オレは表面的な関わりしか、他人に求めていないのだ。
 強化人間であろうが無かろうが、人は所詮孤独な生き物なのだから。
 一人で生まれて、一人で死ぬのだ。
 同じ腹から生まれた兄妹でありながら、オレとディアーヌの考えは、まるで違っていた。
 いや、根本的には同じかも知れない。それが「希望」と「諦念」という表現の差違だけであるとするならば。
 だが、オレは妹のそんな部分を厭いはしなかった。むしろ、いとおしいと思ったくらいだ。
 それが本当に通じていたのかどうかは、ディアーヌ本人にしか判らないだろうが。
 自宅に戻ったオレをいちばんに出迎えたのは、オヤジだった。
「マリーナは?」
「研究会があるので、今夜は遅くなるそうだ。夕飯はキッチンにあるものを温めて食べるように、だと」
 オヤジは、リヴィングで一般向けの科学雑誌を読みながら、答えた。
 オレはキッチンへ行き、テーブルの上の料理を眺めた。食欲はさして湧いていない。それよりも、温かい物が飲みたかったので、作り置きのレモネード原液に湯を注いだ。
「メシにするか?」
「いや」
 オレは短く答えた。
 オヤジは相変わらず黙々と記事に熱中していた。オレは、悪戯心を刺激されて、オヤジの前に座ると、言った。
「ディアーヌに会ったんだ」
 オヤジは、一瞬聞いていないのかと思える程、無反応だった。だが、数秒の沈黙の後に、むっつりした顔を上げた。オレの顔を直視する。
「ディアーヌ?」
 オヤジは雑誌を持つ手に力を込めた。表紙で笑っているインチキ宗教家の顔が醜く歪んだ。
「《ディジトゥス・デイ》・・・工事中のアクア・フロートの上で」
「・・・・・・」
「嘘じゃない。もしかしたら、人違いかも知れないけど」
 オレは、極めて静かに言った。オヤジの表情が固くなるのを、オレは具に観察していた。頬の筋肉が痙攣し、鼻の頭に微かに皺が寄った。オヤジが緊張していたり、何か面白くない事があると、いつもこうだ。
 だが、オヤジは黙って息子の言葉を聴いていた。
 これは不思議な事だが、オヤジはオレに対しては、他所の子供以上に気を遣うらしいのだ。いや、一見普通の父親と息子の関係だ。だが、心底オヤジはオレの何かに怯えているようにも見えた。暴力息子に非力な父親が怯えるような、そんな図式ではない。これは、飽く迄推測の域を出ない感覚だったが。
「マーリオと一緒だったのか?」
 オヤジは二十秒も掛かって、漸くその言葉を口にした。
「ああ。勝手に入れる筈のない、工事現場にその子は入り込んでいたんだ。口をきく前に海に飛び込んだけど。普通の人間なら、できっこない。でも、オレやディアーヌなら・・・」
「・・・そうか」
 オヤジは、否定も肯定もしなかった。だが、オレはオヤジが何を考えているのか、容易に把握出来た。もしかしたら、オヤジはオレのそういう所に怯えているのかも知れない。

 新市街の北部に、サン・ドミニコ教会がある。朝から小雪がちらついていた。
 空は真っ白で、低い雲が建物の上に圧し掛かっているように見えた。
 教会の助祭に挨拶をし、オレは墓地へと入った。墓地の風景は、何世紀経っても変わらないものらしい。枯れた芝生の中を横切る小径を通って、潅木のように立ち並ぶ墓の群れに入る。
 ヴィットリア・ラウラ・ブールヴァルド。と彫られた墓石の前に立ち、オレは空を見上げた。
 亡き母の好きだった、淡い紫色の薔薇を献花する。
 南ヨーロッパでは、古くから「紫」は葬儀の色だ。ヴァティカンの喪章も紫。それにしても、ヴィットリアが何故、葬式色を好んだかは知れない。イタリア人は、意外とこういう前衛的な色彩の洋服を好まないものだ。
 噎せ返るような、甘い香りの花。ヴィットリアの香水も、こんな匂いだった。
 あの日の天気を思い出そうとしても、オレは容易に思い出す事が出来ない。こんな冬の日に、黄金色した秋の暖かい日など。
 オレは、神学校に通っていた。その日は学校行事があって、午前中で戻る筈だった。オレは他の坊ちゃん嬢ちゃんのように、お迎えもない。必要無かった。
 ヴィットリアは、事業家であり、自分のオフィスを構えていたからだ。オヤジは当然単身赴任中で、数ヶ月に一度しか戻って来ない。
 自宅に戻ったが、誰もいない。
 夕刻になっても誰も戻って来ない。午後五時を過ぎれば、ヴィットリアは必ず一旦自宅に戻って来た。家族で食事をする為の準備をする為にだ。そして、まだ仕事が残っていれば、オフィスへ出掛ける。その頃、オレの家は今のキオッジャ島ではなく、沈みかけた旧市街の端にあった。ヴィットリアのオフィスは、歩いて十分程の所にあったのだ。
 オレは、何となくそのオフィスまで行ってみようという気になり、外へ出た。
 数分歩くと、オレは血相変えて走る女性に出くわした。
 ヴィットリアの所で会計をやっている中年女性だった。名前は、もう忘れた。
「どうしたの?」
 と、訊ねると、女性はその場にへたり込んだ。
「しゃ、社長が・・・」
 顔色は蒼白で、脂汗が滲んでいた。歯の根が噛みあわないような口調だった。
 もうそれ以上は、喋れない様子だったので、オレは女性を置き去りにし、兎に角急いでオフィスへ向かった。
 ドアを開く前から、不穏な空気が漂い、金気臭い何ともいえない臭気が階段を下りてきていた。
 オレはたちどころに不快感を覚えたが、それよりもヴィットリアの方が心配だったので、躊躇わずにドアを開けた。
 信じ難い光景だったさ。
 オフィスは度々遊びに来ていた時のように、整然として美しく、花の香りが漂っていた。女性社長らしい細かい気配りの効いた事務所だ。
 清潔な白い壁にモスグリーンの来客用ソファ。花瓶には紫の薔薇が活けられていた。
 というのが、惨状を見る前の想像図だ。
 現実は、そうではなかった。
 気の弱い者でなくとも、卒倒しかねない無残な死体に、オレは一瞬息を呑んだ。
 白い壁には点々とどす黒い血飛沫が前衛芸術のように描かれており、ソファには女主が倒れていた。上品なパールグレイのスーツは、無残に赤く染まっていた。いつもきちんと結い上げられていた髪は、解れ放題に、ソファに流れ出していた。
 美しかった女社長の首は、とんだ方向へ向いており、頚骨が飛び出していた。千切れた大動脈から噴出した夥しい血は、社長の机の側面からブラインドまで広範囲に渡って、飛び散っており、そこからは、まだ糸のように細い血がだらだらと流れ出ていた。
 ソファに仰向けになったヴィットリアの右手首は、ぶらぶらとしていた。折られている。左脚も百八十度違う方向へ向いていた。形の良い、長い脛は見る影も無い。紫色に醜く腫れ上がっていた。
 瞼は閉じていない。両眼は抉り取られたかのように窪んで見えたが、そうではなかった。
 眼窩に押し込められたのだ。それが元で、耳孔や鼻孔から、出血していた。それだけで、脳は大変な圧力を受け、死に至る。
 死因は複雑だが、つまりは失血死という事になる。
 問題は、そうではない。
 頚骨を折れば、当然このような結果になるが、大動脈を千切るほどの外部の力が加わったうえで、眼球を押し込めたのだ。それも殆ど同時に行われている。
 人間の首を骨が出るほど強い力を加える事が出来るなど、灰色熊やトラでも出来るかどうか。
 オレは、思わず自分の掌を見詰めた。
 その時、オレは僅かに八歳だった。だが、オレは既に飢えたライオンを縊り殺せる程度の腕力は持ち合わせていた。
 《ドットーレ・バルバ・パリドー》―《青ひげ先生》。
 子供ながらに、オヤジのその不名誉な綽名を思い返す。
 オレは、市警を呼ばなかった。オヤジの職場に連絡を入れた。オヤジは、オレの第一声に格別驚いたが、すぐに沈着な口調に戻って「すぐ戻る」と答えただけだった。
 オレはよろめきながら、自宅へ戻った。
 とても気分が悪かった。
 こんな事が出来るのは、オレと同じ力を持った者だけだ。それ以外にいない。直感的にそう思った。
 自宅へ戻り、むかむかする胸を押さえながら、オレは二階に上がった。
 子供部屋に入ると、既にディアーヌのベッドは膨らんでいた。オレは恐る恐る妹の寝姿を確認する為に、近付いた。
 ディアーヌは、起きなかった。いつの間に帰宅し、いつの間に眠り込んだのか判らないが。オレは、ディアーヌの愛らしい寝顔を正視できなかった。急に吐き気が込み上げて来て、オレは急いで部屋を出た。
 一頻、胃の中の物を吐き出してしまってからも、オレはトイレに閉じこもっていた。全身が喩えようの無いダルさと、寒気に襲われていた。急ぎ戻って来たオヤジが発見するまで、オレは言い知れない恐怖に独り無様に震えていたのだ。
 だから、オレはディアーヌがもしかして返り血を洗い流したかも知れない浴室の流しも、洗濯場も覗いていない。何の証拠も見ていないのだ。
 オヤジは、飽く迄淡々とヴィットリアの葬儀を執り行なった。
 事故死という事になっていた。オフィスの階段を踏み外し、転落死したという、あまりにもあんまりな死因だったが、オレは一言も文句を言わなかった。
 棺に入る前のヴィットリアは、死化粧によって生前の美しさを取り戻していた。それだけが、オレの心の負担を少しだけ軽減した。
 恐るべきは、ディアーヌが、ヴィットリアの棺に取り縋って泣いた事だ。
 思わずオレは、オヤジの顔を見上げた。オヤジは、焦点の定まらない瞳で、睥睨するオレの顔をちら、と見ただけだ。その頃から、オヤジはオレの何かに怯えていたようだ。
 暗黙の了解。
 オレとオヤジは、既にヴィットリアを殺害した人間が、ディアーヌであると認め合っていた。
 オレと違って、ディアーヌは女の子特有の嫉妬心、或いはエディプスコンプレックスからか、ヴィットリアにそうなついていなかった。なつかないものだから、ヴィットリアも幾ら出来た女性だからといって子育ての経験は無いし、自然とオレだけを可愛がるようになる。当人は平等に扱っているつもりでもだ。
 屡、ディアーヌは彼女の前で癇癪を起こしていた。
 子供特有のものだと、オヤジは特別に感心を持たなかったが、それがこの結果に繋がろうとは。考えていなかったのだとしたら、既に大バカ者を通り越している。
 オヤジは結局娘を溺愛しただけの、バカ親に成り下がってしまうのだ。
 だが、惨劇は一度に終らなかった。
 傷の癒えたオヤジが、四度目の妻を娶った時も、同じ結果を招いたのだから。
 シモーネ・バロッソは、オヤジが務めていた研究所の傍にあったレストランのソムリエンヌだった。ヴィットリアよりも随分若く、二十三歳でオヤジと結婚した。それが、自らの若い命を縮めてしまう事だと知りもせず。
 シモーネの変死体が発見されたのは、黄金色をした麦畑の中でだった。
 その頃のオレの家は、新市街を遥かに田舎に引っ込んだ所にあった。ソムリエンヌであるシモーネの希望で、巨大なワインセラーの設置出来る広い家に越したのだった。
 死体を発見したのは、近所の農夫だった。
 オレは、またしても義母の死に目に遭えず、オヤジも留守中だった。
 オヤジがどう言って発見者を言いくるめたのかは、知らない。只、とてつもない金を出資したのは、判った。変死体が出た麦畑は放棄される。そうすれが、農家の商売は上がったりなので、他に土地を買う資金を支払ったのだ。当然のように、自宅は売り払われた。ワインもだ。
 シモーネの遺体は、実姉のいるベネズエラに引き取られていった。その時も、オヤジは何と説明したのだろう。オレは知らないが。
 シモーネの葬儀やら何やら、一通り終えてまた引っ越す頃には、オヤジは一文無しになっていた。オレはいずれ大学の寄宿舎に入る事になっていたので、良かったが、オヤジは暫く仕事場に寝泊りしていた程だ。
 そうして、シモーネが死んだ夜から、ディアーヌはいなくなった。
 何も無い、誰もいないがらんとした家で、オレはまんじりともせずに一晩を過ごした記憶がある。オヤジはローマにもパリにもおらず、今度はアルジェリアにいた。結局オヤジが戻って来たのは、翌々日の事だった。
「ディアーヌがいなくなった」
 と、オレが言うと、オヤジは血の気が引いた顔でオレを見詰めた。
「・・・そうか」
 そう答えたきりだ。オヤジはオレの肩を抱いた。オレはオヤジの背中が震えていたのを、気付いて気付かない振りをしていた。
 オヤジがディアーヌの捜索願を出さなかったのは、何故だろう。
 いや、オレは端から出すつもりなどない、と判っていたような気もする。それを、オレは最初責任放棄だと思って、内心憤慨していた。
 オヤジは親としての保護責任やら、親権やらを放棄したのだと。
 そんなのは、我が子が不祥事を仕出かした時に、後から引け腰で出てくるような警察連中に取り縋るだけの、くだらない親のする事だと思っていた。
 だが、そうでは無かった。そうではない。
 オレは、もっと恐ろしい事を考えるようになっていた。
 オヤジはディアーヌを既に殺してしまったのではないか、と。
 オレ達が所詮人工生命体としての強化人間であるならば、過ちを犯した以上は処分される可能性だって、有り得る。オヤジなら、もしかしたら自分の子供であっても、処分するかも知れないと、オレはそう考えた。
 だが、違った。
 《ディジトゥス・デイ》で見た少女は、ディアーヌだ。
 オレは、だからオヤジの反応を見たかったのだ。或いは、穿った考えもあるだろうが。

 墓を見詰めていたって、何も始まらない。
 雪は降り止まないが、積もりそうにもない。オレは、踵を返した。
 

第二章(2)へつづく
 

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