第二十話
 〜千年の孤独 mille-solitalio  
(後編)


終章 彼等は馬で西に行く DEATH SENTENCE 

「《ブラックホーク・ディオファイア》―神の銃。《神鎗》のみが持つ銃」
 男は金色の瞳を曇らせた。
「それを、何故《称号》さえ持たない若造のお前が持つのか?」
「てやんでえ!教皇の命に決まってらあ」
 ジンは叫んだ。
「教皇の命か」
 男の唇の端がふてぶてしく、皮肉に歪んだ。
「では何も知らないのだな、若者。お前の目の前にいる男こそが、お前の倒す相手だということも」
「……」
 ジンは瞠目した。男の言った言葉が呑み込めず、喉の奥でごろごろと異物感を醸しているようだった。
 男は自分の赤い髭を撫でた。
「手前ェが、シルヴァー・ブレットか…?」
 男は笑いもせず、只《パイソン》の銃口をジンに向けた。
「そういう呼び名があるのか。他人にどう呼ばれていようが、オレ自身には関係の無い事だが」
 男は目の端をチッチッ、と痙攣させた。先程から、何度かそれは繰り返されている。癖なのだろう。ジンが見詰めているのは、男の凄絶な瞳の色では無く、指先の動きだった。《パイソン》の長い曲線を描くハンマーは、ダブルアクション・リヴォルヴァーでもとりわけ特異な形だった。その曲線に掛かった、男の太い指は、微塵も動かない。
「オレはお前を撃たねばならん」
 台詞がきっちり終わってから、二つのトリガーが引かれた。

 「キャプテン・ブラッド」
 確かに、ミスティはそう呟いた。喉から心臓が飛び出すという表現が相応しいくらいに、ミスティの鼓動は不規則にただ早まっていた。
「それは…」
 と、言い掛けたアーチの言葉をミスティは自ら遮った。
「私のパウダーガンの師匠、ブラッド・ワルドーフ。通称キャプテン・ブラッド」
 ミスティは雨に濡れて頬に貼り付いた髪を気にも留めず、被ったコートを肩に落とした。顔面は血の気を失っていた。この時、ミスティの顔色の変化の意味が判ったのは、アーチのみだった。
「死んだ筈の人間が、何故…?」
 ミスティは首を振った。リンダの身体はよろめいた。アーチがそれを素早く支えた。
「死んだ?」
 スタンレーは問わず語りに言った。
「…死んだのよ。キャプテン・ブラッドは」
 ミスティは自身に言い聞かせるように言った。彼女がキャプテン・ブラッドだと言った男は、既に四人の視界からは消えていた。目を凝らしても、宮殿の奥までは見る事は出来なかった。
 ミスティは、階段を元来たように駆け上がった。
「戻るのか?」
 問い掛けたのは、アーチだった。既に雨は激しく、彼の柔らかい金髪を汐垂れた犬の毛のような色に変えていた。
「確かめる」
 とだけ言って、ミスティは走り去った。
 アーチはもう次の瞬間には、後姿も見なかった。只、長く城下まで続く階段を、二人の人間を背負って下りるだけだ。
「一人で戻らせていいのか?」
 スタンレーの口から、似つかわしくない言葉が出ても、アーチは驚かなかった。
「一人で対処出来ないようなら、戻るまい。彼女はシロウトじゃない」
 アーチは淡々と答えた。その言葉は、偽り無い考えをスタンレーに伝えただろう。だが、同時に孕んだ重い感情をも伝えた筈だった。
 まるで暗い奈落へ落ちていくかのような気分だった。奈落ならまだしも、生きた人間のいる世界がどうしてこうも暗いものか。
 ミスティは、急いだ。宮殿内は暗かった。内部に広がった炎は、雨のお陰で幾許かの余裕を残しながら、まだ完全には消沈していなかった。
 まるで屠殺場のように、血が床面に染み付いていた。円柱の端に穿たれた溝は、雨樋の役目だけでなく、戦いで流された血を洗う役目も負っているのだろうか。
 炎が揺れる回廊から姿を現したのは、ミスティの期待に沿うような人間ではなかった。
 黒いインバネスが、微かな風に流れる。
「…ブラッド」
 懐かしいような、訝るような響きで、ミスティのハスキー・ボイスが響いた。
 ブラッド・ワルドーフは、帽子を目深に被ったままミスティに近付いた。
 金色の瞳は、真っ直ぐにミスティを見詰めた。そのニヒルとも言える、世を拗ねたような風貌と表情は昔と変わり無い、とミスティは思った。
 死んだとは思えない。もしや、別人だったとしても、あまりにも似ている。
 ほんの瞬間だが、金色の目の光が和らいだ。
「いい女になったな」
 さすがに白い歯は見せなかったが、ブラッド・ワルドーフはそう言って、また帽子のつばを落とした。ミスティは、彼が掠めた肩を捻って振り返る。
 ブラッドは振り返りはしなかった。それは充分に、ミスティも判っている。だが、上げられた左手はさよならの挨拶では無かった。そのごつごつした手に握られていたのは、《ブラックホーク・ディオファイア》だった。
「……」
 ブラッドの所作が示す意味を、ミスティは即座に理解した。
「ジン…」
 ミスティは、茫然とその場に立ち尽した。身体が熱を帯びたように熱く、内面から何か抗い難い感情のようなものが込み上げて来た。
 まるで、遠い日に置き去りにされた少女の自分のように、ミスティはパウダーガンを抜く術も知らなかった。
 

<DISMISSED!>・・・CONTINUED ON NEXT DUEL

第19話・20話あとがき


「前回までのSTORY」へ戻る

第21話へ進む