第二十二話
〜叛逆の暗天使 Vivo per la tua morte〜
(後篇)
第四章 夜は無慈悲な淑女 THE LADY FEEL HER PAIN第四章(3)へつづく
(2)
クエール・ヴィ―22XX年生まれ。銃登録は《コルト・S.A.A.・45キャバルリー・バウンサー》で為されていた。《称号》(ティットーロ)は《銃将》。
顔写真で見る限りは、何ら一般人とそう変わりない、いたって好青年の姿だ。とても、十代で《称号》を得た強者には見えないのだが、とミスティは唸った。
「この人物くらいでしょうかね。《称号》持ちで、誰も消息を知らないというのは」
サラトガ所長は、額に滲む汗を拭きながら言った。
「ライセンス更新が間近なんですがね。連絡が取れないようです。成る程、およそ二年前から消息を知っている者がいない」
銃所持許可のライセンスは、三年に一度の更新が必要とされていた。それは所持者に通知する手段があれば、何も本部を訪れる必要は無いのだが、所長の言い分ではクエール・ヴィという男にメールを送っても、伝言を頼んでも無しの礫なのだそうだ。
「普段は、通り名の『ヴィリエ』とかを名乗っていたそうですが、最近はその名を聞いた者もいないようです」
「理由は判りませんの?」
ミスティは、所長の机に置かれた履歴書を眺めつつ、訊いた。
「そうですねぇ。まあ、所持者が死亡すれば、その死亡通知がこちらに届くんですが。たまに行き倒れて、誰も気づかないままパウダーガンと一緒に埋葬されてしまうこともあります。その可能性は十分あるんですが」
「冗談でしょ?仮にもこの男は《称号》持ちよ。野垂れ死になんて有り得ないわ。撃ち合ったなら、大抵の者は逆にやられるでしょうし、同じ《称号》保持者なら、勝利者の申請がある筈だもの」
所長は、ミスティの言葉に正当性を認めて頷いた。
「ですが、酷い連中に掛かると、売り物になるパウダーガンを抜き取られて死体を野晒しにされてる、という報告もありましたがね」
「そんなモラルの欠如した一般市民の事なんて…」
ミスティは言い掛けて、口を噤んだ。はた、と何か思い起こしたらしかった。
ミスティは所長が押さえていた分厚い登録者台帳を奪うと、矢庭にパラパラとページを繰り出した。
台帳は言うまでも無く、アルファベット順にファミリーネームが羅列されている。その「B」の項を開いた。「BA」から順に隈なく探すが、何処を繰っても目的の名字が見当たらない。
一旦置いて、今度はVの項を探す。
其処には、確かにあった。『VARDORFF』の綴りが。ファーストネームは、『BRAD』。
「ブラッド・ワルドーフ」
我知らず、ミスティは呟いていた。いや、その呟きは殆ど叫びに近かった。
サラトガ所長の目が丸くなった。
「どうなさったんですか?ジウディーチェ(検察官)」
「訊きたいのはこっちの方よ。この台帳は生存者のみが記載されているのではないの?」
ミスティは上擦った声で、早口に言った。
「そうです」
所長は答えた。ミスティは、そのページを開いたまま、所長の眼前に台帳を突き付けた。
「この男は生きているというのね」
ミスティは、低く恫喝するように訊いた。
「ファイルに入っていれば、そうです」
「一度たりとも、ここから履歴を抜き取られて、また戻されたということは決してないのね?」
ミスティの問い掛けに、サラトガ所長は頷いた。
「まさか。履歴を抜かれるということは、死亡台帳に入ったという事。一旦抜かれたら、二度と戻る事は有り得ません」
所長を見詰める青い瞳が曇った。
「では、ブールヴァルドという名字のパウダーガン登録者、或いは《キングコブラ・バニッシュメント》という銃に聞き覚えは?」
サラトガ所長は、少し考えた後で首を捻った。
「さぁ。その台帳が総てです。其処に無ければ、そんな名前のパウダーガン登録者はいません。そういう名前の銃も、当然存在しませんね」
ミスティは、台帳を閉じると、極めて静かに紫檀のデスクに置いた。
「もうお帰りですか?お急ぎでしたら、出来る限りお送りしますよ」
所長の気遣いを、ミスティはあっさりと振り切ってドアを開いた。
「見送りなど要らないわ。その代わり、ジョー・クリサンスマム神父に連絡を入れて置いて頂けるかしら?そのクエール・ヴィという男の履歴と共に。神父はサン・タルカンジェリスという町に居る筈だわ」
所長の返事も聞かないうちに、ミスティは素早くドアを閉めた。とても、平静な状態でジョーに連絡出来そうに無かった。気味の悪い頭痛がする。きっと、暑気の所為だろう。
ジョシュ・ヴィリエと名乗る旅人がサン・タルカンジェリスを訪れたのは丁度二年前だったという。たまたま、町の手前で追剥にやられた男を救ったのが、ヴィリエだった。
「オレぁ、その時現場に居合わせた。たまさかトラックを回してたところでな。…ヴィリエという男は、パウダーガンを持っていた」
モンゴは言葉を区切るように、一語一語はっきりと喋った。
「シロウトのオレにも判ったさ。こいつは只者じゃない。腕利きのパウダーガン使いだと。何しろ、制止するどころか瞬き一つする間に…こうだ」
と、モンゴは自分の後頭部を指差し、発砲の素振りをして見せた。
「追剥はアッサリ一発で、あの世行きだった」
ジョーは黙って腕組みをしたまま、紫煙を燻らせていた。礼拝堂の屋根の下に、二人は立っていた。
モンゴが目配せすると、ジョーは自分の吸い掛けのダンヒルを与え、そうして自分は真新しい一本を咥えた。モンゴは、少々がっかりした顔付きで再び語り始めた。
ヴィリエという呼び名には、ジョー自身聞き覚えがあった。だが、面識は無い。
「だがよ。思えば、その一発が、ヴィリエ自身の不幸の始まりだったさなぁ」
「不幸の始まり?」
「ヴィリエは知らなかったんだ。その追剥がこの町の住人だったってことを」
雨音が司馬を穿った。丁寧に刈り取った筈の雑草だが、やはりいつしか所々不揃いに延び始めていた。
「…食うに困って旅人を丸裸にしてたって訳か?」
ジョーは言葉短かに言った。モンゴは、短いタバコをちびちびと惜しそうに吸った。
「手っ取り早く言えばそういう事だ。だが、オレ達は本当の事をヴィリエに告げられなかった。何しろ、メンツが立たないってのもあるが、相手はパウダーガン使いだからな」
「ふん。まるでオレ達はバケモノ扱いだな」
「そうじゃねえよ。お嬢さん、いや今の町長がヤツに惚れちまったんでね」
ジョーは深く煙を吐き出した。雨に掻き消されて、その白い輪は直ぐに見えなくなったが。
「そうか。パウダーガン使いに居座られちゃあ、都合が悪いな」
と、ジョーは他人事のように言った。
「言いたねえが、ここは盗人の町だ。昔はそんなんじゃなかったが、今じゃ誰だってそうだ。仕事がねえからな。警察の駐在所もねえ。誰が最初に始めたかわからなねえが、咎めるヤツもいなかった」
「見て見ぬ振りだ。誰しも自分が可愛いからな」
ジョーは、モンゴの顔色を伺った。自分達の所業を振り返って罪悪感を感じているのか、中年男の横顔は強張っている。
「ああ!前の町長だってそうだ。神父は来たばかりで気付くのが遅かったがな。だが、その事をヴァティカンには報告していなかったみてえだ」
「ほう」
「何故か、って?簡単だ。脅し付けてあったからだ。神父だって人の子じゃねえか。手前の命は惜しいに決まってら」
モンゴはせせら笑うように、言った。肩が小刻みに震えた。
「そんなに惜しいかねぇ?」
ジョーは独りごちるように、呟いた。
「惜しくないヤツなんかいる訳がねえ」
「そりゃご尤も。で、早い話がヴィリエを殺したんだな」
モンゴは、頷いた。そして、冷たい煉瓦畳の上に尻餅をついた。
「元々前町長は、お嬢さんにそんな何処の馬の骨とも知れないような男が付き纏うのは不愉快だったし、町人にとっても都合が悪かった。で、誘き出して殺した」
「パウダーガンは?」
「ああ。それも目的の一つだったがな。それは前町長が懐に入れてしまいやがった。売れば相当な金が入ったのに」
モンゴは舌打ちした。ジョーは苦笑を押し上げた。
「むしろ、助かったわけだ。名のあるパウダーガンが闇に流れれば、誰かが気付くだろう。それもそう時間は掛からない。そうすると、おたくらの悪事が総て白日に晒される事になったがな」
「…は。今更、もう遅えよ!」
モンゴは立ち上がった。
「こんなになっちまってからじゃあな」
「自暴自棄になるな。悪人ほど救われる、っていうぜ。祈ってやろうか?」
ジョーは、咥えタバコで言った。
「そうじゃねえ!そうじゃねえよ。間抜けな神父のヤロウ、事もあろうにこんな重大な事を、あの人にくっ喋っちまったんだよ!」
「あの人?」
「おお、それからだよ。蛆が湧く程死人が出始めたのはな」
モンゴの右手から、吸い掛けのダンヒルが零れ落ちた。
「『呪い』なんかじゃねえ。これは言い伝えなんかじゃねえんだ」
中年男の頬を流れるのは、雨の滴ではなく、滲み出した冷や汗だった。
「…あの時、立ち会った人間が皆殺されてやがる。次は、オレの番かも知れねえ!オレは何もやっちゃいねえ!オレは見てただけだ。オレは…止めようとしたんだよ!けど、出来なかったんだよお!」
「おい!」
モンゴは叫びながら、まるでジョーの声など耳に入っていないかのように、雨の中へ飛び出した。
「あの人…か」
ジョーは呟いた。何時に無く、口腔内に感じる脂(やに)の味を濃く感じた。
雨足が強まった。この時期にしては珍しく風を伴った悪天候だ。散々したガラスが路地まで流され、そして窓から入り込む雨が、フロアの半ばまで侵食していた。
ジンは、パウダーガンを抜く機会を逸してしまったまま、じりじりと壁際に追い詰められた。
物理的に抜けないのではない。
どうしても、最後の所で信じられないのだ。目の前の女性が、町人十二人を殺害した張本人であるとは。
だが、現にこの酒場の主人は彼女の持つパウダーガンによって、今床に無残な屍を晒している。見た目に騙されてはいけない。
「…私が昇天させてあげたのよ。見たでしょう?この主人が死ぬところを。この期に及んでまだ信じられないというの?」
エヴァは、狂気じみた微笑を浮かべた。
「この町の住人はカスばかりよ。知らない?此処は大泥棒の町なのよ。全く、《聖大天使町》の名が泣くわ」
「お、大泥棒?」
ジンは両手を挙げたまま、首を横に振った。エヴァは、クスクスと小さく声を立てて笑った。
「見ての通りよ。町はヴァティカンの直轄になって以来寂れてしまったわ。何故なら、ムスリム商人の出入りが減ったからよ。今じゃ、この北を通るアウトストラーダ(高速道路)の御蔭で、町を経由して行く行商も輸送団も稀だわ。メルカート(市場)だって、年に一度来るかどうかというところ。ねぇ、こんな町で私達はどうやって暮らしていけばいい?」
「どうやって、って?」
相槌を求められた訳ではないだろうが、ジンは戸惑った。
「…追剥をするのよ。偶然通り掛った旅人の身ぐるみを剥いでしまうの。金目の物を分配し、旅人は見付からない様にこっそりと遺体を始末してしまう」
「ひでえ」
「ひどい?冗談じゃないわ。そういう状況に追い込まれたのだから、仕方ないのよ、私達は。そうして生きていくしかなかった」
エヴァは、キッと鋭い視線でジンを睨(ね)め付けた。ジンは、唇を噛んだ。掌に脂汗が滲み出していた。
「他に幾らでも方法はあるじゃねえか?何も不毛の土地なら我慢するこたあない。出て行く事も出来るだろう。大泥棒の上に人殺しじゃねえか!」
その言葉に、エヴァは糸のように目を細めた。
「人殺し?アナタ達パウダーガン使いと名乗る連中も、そうじゃないの?そんな人達に言われたくは無いわ。結局は同じ事をしているのよ。賞金首だか何だか、見ず知らずの他人の命を狙って、それで御飯(おまんま)を食っているというなら、変わりないわ」
理路整然としたエヴァは、その声音だけ聴いていれば、精神状態は至って正常の範囲内と思われる。
ジンは返す言葉も無かった。だが、一方的に聞いていて全く面白くない。
「目くそ鼻くそじゃねえか、その言い草は。さんざん人を殺して置いて、あんたがそんな事言う筋合いはねえよ」
言った後から、ジンは少々危機感を感じたが、既に遅かった。後戻りは出来ない。口にした言葉は撤回出来ても、相手の記憶に残るのだから。
「私はこの町の長よ。彼等はアナタの言う通り、自分達が生きていく為に人を殺して金品を奪う哀れな住民だわ。そんなくだらない町民は、私の手で排除してやるのが筋っていうものよ。余所者のアナタがしゃしゃり出て来る必要無いわ。それともやっぱり殺されたいの?」
エヴァの持つパウダーガンのシリンダーが回った。金属の擦れる音が、緊張感を嫌が応にも頂点へ追い遣る。
「こ、殺せるモンなら殺してみやがれ!」
ジンは、半ばヤケクソになって叫んだ。
「どうせアンタだって泥棒の片棒担ぎだろう?ああん?オレ達が持ってるパウダーガンを狙ってんだ。何せ名のある銃なら数百万ダッシュは下らないからな。それが狙いだったんだろう?」
エヴァは、一瞬茫然となった。まさかこの唐変木が、そんな事を思い付くとは考えなかったからなのか、勢いに気圧されたのか。
青い瞳の色がくすんだ。エヴァが、トリガーを無慈悲なまでに静かに引いた。