第四章 THE DIVING INTO HER DESPIRE 絶望の彼女の中へ
目を疑う光景に、ミスティは絶句した。ぽかんと開いた自分の口元を両手で覆うのが精一杯だった。
砂漠はまるで海、それも黄昏時のホワイト・ゴールドに支配された輝きを呈していた。
「ウソみたい…」
我知らず呟くミスティの前に回り込んで、アーチは得意げに笑みを作った。
「ひゃっほう!ウソじゃないぜ。本物だ。本物のダイヤモンドだ」
「ダイヤモンドや!」
どさくさ紛れに、ピーチィはアーチの腰に抱き付いた。
「ウチの勘通りや!お宝のやまァ」
原石とはいえ、まともにずっと見詰めていたら、目が潰れそうな激しい輝きだ。白い炎のようにも見える。
「ムゼオ(博物館)で見たのと同じ輝きやで、あれ」
「半世紀も前に、南アフリカを最後に掘り尽くされたと言われたダイヤモンドが一体どうして?」
「何らかの形で、ここいら一体の炭素を含んだ地質に急激な圧力が掛かったんだろうな」
ミスティは目を輝きから逸らせた。関心が薄いと見える。ピーチィは問題外として、むしろ、嬉々としているのはアーチの方ではないか。
「隕石だわ。そう、スタンレーが言っていた」
「日本海を消滅させたというヤツかい」
「ウソやん。ダイヤモンド誕生みたいな偶然は、この先二度と起らへん、て聞いてたで」
「だから奇蹟だっての」
アーチは、ピーチィの両腕を腰からひっぺがしながら、言った。
隕石衝突の衝撃で生まれた無数のダイヤモンド原石。査察に来た軍部或いは環境調査隊の連中は、この光景を見て何を思っただろう。
美しいだけではない。
都市と文明の消滅と人類の幾許かの死滅、大地の荒廃以上に彼等はそこに別の輝きを見たに違いない。
「…だとしたら、何の為にあの化物が砂にいるのか判ったわよ」
ミスティは言った。
「初めて見るけど、あの蛇みたいのはガーディアン・ワーム・アーツ。無人虐殺兵器に違いないわ」
「黄金のリンゴの樹を守るヘスペリアのラードーン竜蛇、つまりダイヤモンドの守護神てワケか」
アーチは、古代ギリシア神話に擬えて言った。
夕べの国という意味の、ヘスペリア島にある黄金のリンゴを盗み出したのは英雄ヘラクレス。しかし、さしものヘラクレスも竜蛇との戦いを恐れ、リンゴの樹の持ち主である七人の娘ヘスペリスの父アトラスを頼った。アトラスの代りに天を支えてヘラクレスは黄金のリンゴを入手したという。
「守護神は飽く迄、ヘラクレスの侵入を阻むというのね」
「竜蛇は不死身の筈だったが、ガーディアンはどうなんだい?」
ガーディアン・ワーム・アーツも竜蛇と同じく複数の首を持っている。弱点があるとすれば、機械をコントロールする中枢に集中している筈だった。
中枢は無論、砂の中の本体にある。機械である以上、不死身という事は有り得ない。
「アナタ百メートル何秒で走るの?」
「おいおい。オレにヘラクレスと同じ事をしろってか?まさか、本気でダイヤモンド頂こうってんじゃないだろうな」
アーチは肩を竦めた。ミスティは赤い唇を尖らせる。含みのある微笑が、美女の表情を一層華やかに彩る。もう先刻までの疲れた顔ではない。
「なかなか大胆やないの、お姉さん」
ピーチィは、揶揄するみたいに下からミスティをゆっくりと見上げる。
「バカね。証拠物件だからに決まってるわ」
「なーんや、おもろない」
「オレは死にたくないぜ、まだ」
アーチは腕組みをした。
「ガーディアンをブッ千切るか、潰すかのどちらかしか選択肢は無いわよ。でないと、砂漠を渡れない。それとも、山越えか海越えでうんと遠回りする?」
「今更、泣いて引き戻せるかよ!」
「私だってスタンレーに借りを作るのはイヤよ!」
二人は一気に会話の応酬をし合ったところで、げんなりとなった。解決にも進歩にもならず、喉が渇くだけだ。まず、ミスティから顔を背け、アーチもそれに倣った。
「…ったく、何でこんな事になるワケよ」
ミスティはぼやき、アーチは再び腰を落とした。ピーチィもそれに倣う。
「百メートル四秒だな、調子良ければ。殺人機械の速度には到底追い付けないぜ」
「そうね」
何気なくミスティは聞き流したが、百メートル四秒というのは時速九十キロ。ライオンが獲物を追う時の速度に匹敵する。恐るべき速さといえた。
「それにしても不思議だわ。ガーディアンは太陽熱エネルギーを利用している筈だけど、バッテリーが何十年も持つものかしら?」
ミスティは、素朴な疑問を口にした。
「さァな」
アーチはそう答えて、ジュラルミンケースの中からパソコンを引っ張り出し、膝の上に置く。
「何を始めるのよ」
ミスティは訝ったが、すぐにアーチの行動が示す意味を理解した。
「ガーディアンにリンクするつもりなの?」
「ああ。バッテリー無しで前世紀から動いているとすれば、マザー・コンピュータの支配を受けている筈だ。生きてるマザーは何処にあるんだ?」
ガーディアンをハッキングする。それしか無傷で砂漠を渡る方法は無いと見た。
アーチはセルフ・プロバイダを呼び出す。それを待たないうちから、ピーチィの手が伸びた。
「ウチに任せてーな。こういう事は」
ピーチィの大きな瞳がくりくりと動いた。
「マザーは、近辺ならホンコン。国連軍施設があるなら、いちばん近くてマドラスしかないわよ」
「キマリやな」
ピーチィは確信に満ちて、目を細めた。
「パスワードを知ってるの?」
「そんなまどろっこしいモン要らへん」
画面を見ながら、ピーチィは素早く何かの数字と文字を交互にインプットした。こうなると、アーチもミスティもお呼びではない。
「何だそれ?」
「企業秘密」
ピーチィはにっ、と皓歯を見せた。国連軍の誰かに成りすまして、マザー・コンピュータと繋がろうというのか。上層都市内の個人情報を閲覧する事すら面倒な御時世で、ましてや他人に成り代わろうなんて。そんな芸当を一体何処で覚えたのだろう、とミスティは不審を覚えた。
「アナタ、国連軍に知り合いでもいるの?」
「だから企業秘密やって」
そうして、ミスティの思惑を他所にピーチィはどんどんと、勝手知ったるマザーの端末に侵入していく。
が、快進撃はそこまでだった。
「マザーが動かないわよ」
ミスティは、フリーズした状態の画面を見据えた。どうしても開かない窓に、行き着いてしまった。それにバッテリーの残量を示すケージが点滅している。
「残念。マザーはいんちきスケベ医者のお誘いは受けへんって」
「オレの顔まで見えるかよ」
「ホントにハッキングなんか出来るの?こんなので。ガーディアンは自力で動いてるかも知れないわよ」
「むむむ…」
ピーチィは低く唸った。ミスティは、そら見たことかとでも言わんばかりに肩を大きくそびやかす。やはり、思い付きでは事は上手くいかないか。
「だが、選択肢はもう一つあるぜ」
アーチはやにわに、眩い白波の煌きを指差した。ミスティとピーチィは、揃って目を凝らした。しかし、何も見えない。
「あいつが見えた」
「ジン?」
アーチは前方を向いたまま、強く頷いた。
「あいつが動くのを待ってみるか…」
「呑気な事やね」
「同感だわ」
ミスティは汗ばんで重たげな胸の下で、腕を組んだ。視線の先には《鉄の爪》ロブ・ロイがいた。ロブ・ロイは砂地に両膝を着いたまま、ジンのいる方向を凝視していた。
まるで、これから獲物を狩ろうという猛禽の目付きで。
旭日は砂の海に浮かぼうとして、その周囲を滲ませていた。《鉄の爪》が赤く鈍い光を反射させた。その光に無意識にジンの両目は反応した。
「ロブ・ロイ…」
何処まで追って来るというんだ。
国境警備施設から抜け出してきたのか。といっても、粗方の警備隊員を屠ってしまっている。スタンレーさえ何とかなれば、抜け出すのは赤子の手を捻るように容易だったかも知れない。
ロブ・ロイの瞳は、芥子粒大のジンの顔を映し出しているに違いない。
「オレが動けばヤツも動くだろうな」
ジンは独りごちた。ホリーは唖然として、ジンと光の海を見比べた。
「決心が着いたってワケね」
「殺人兵器の前に飛び出す決心なんざ、要らねえよ」
ジンは一服したくなった。そういう気分になったのも、一日半ぶりだった。日の高いうちは喉の渇きでタバコを吸う気にもなれずにいたからだ。しかし、マルボロは保管室に置かれたままだった。
「あなた、変な事考えてるんじゃないでしょうね?あのダイヤモンドを持ち帰ろうとか…」
ホリーは、切れ長の瞳であからさまにジンを睨み付けた。
「いや」
ジンは短く答えた。本当のところは、全く考えてない事も無かったが。
ガーディアンが人間を感知する設定は、何に基づいているのか。
視覚。音声。熱。空気震動。圧力。臭い。
視覚なら、今ここにいる時点でアウトだ。砂しかない平原で人間を認知するのは容易だ。音声も同じ。熱は問題外。外気温度差が激しすぎる環境で、この設定は絶対に有り得ない。圧力。これも風がある砂漠では可能性が低い。人体が砂地に掛ける圧力以前に、風圧が問題となってくる。
だとすると、残るは一つしかない。
「ホリー」
ジンは前を向いたまま、声を掛けた。
「上着を貸してくれ」
「上着?何に使うのよ」
そう言いながらも、ホリーはジャケットを脱いで、ジンに手渡した。
ジンは受け取りながら、自分も革ジャンを脱いだ。虎の子のマグナム弾だけは、総て抜いておく。全部で五十発は下らない筈だ。
タンクトップに包まれた筋肉質の上半身が白日に曝される。童顔にややアンバランスなその身体は、日焼けすればなかなかのマッチョ・マンに見えるかも知れない。
カッ、と小気味良く音を立てて、ジンはヒップ・ホルスターから《ブラックホーク》を抜いた。右手の付け根を左掌に叩き付けてセフティを外す。ハンマーを落とし、テンガロン・ハットを目深に被り直した。
「じゃな。運があったらまた会おう」
「えっ?」
ホリーは、ジンの言葉に瞠目した。どういう意味なのか。
ジンはとっとっ、と軽快に後退すると、走り幅跳びするみたいに大きく一歩踏み出して、勢い左腕を振るった。
二枚の上着が宙を舞う。
「いいかジン、勝負は必ず十秒以内だ」
師匠ジャバー・ウォックの声が、脳裏からジンに呼び掛けた。
「千万承知だってーの!」
ジンは頭を低く下げ、全速力で二歩目を継いだ。《ブラックホーク》が火を噴く。マズル・フラッシュと白熱の輝きが入り混じり、ホリーには一瞬何が起こったのか、判らなかった。
ガーディアン・ワーム・アーツの大きな目玉が空を向いた。
放り上げられたジンの革ジャンを、赤い熱線が貫いた。
「さらば、オレの一張羅!」
ジンはやけくそになって叫んだ。四四マグナムの轟音がその声を掻き消す。
読みは当った。ガーディアンは、やはり動物の生活臭に反応するのだ。
そしてジンの身体は、ダイヤモンドの海へ決死のダイヴ。
それは、とてつもなく長い十秒間の幕開けを謳った一発の銃声に始まった。
ガーディアンの頭が一つ吹っ飛んだ。狙いは外さず、熱線の発射孔へ。
二発目は、ホリーの上着越しに狙った。僅か二十グラム余りの重量の強烈パンチを食らって、頭は次々に潰されていく。
砂煙が高く舞った。灼熱に長時間曝され続けた砂は、熱いシャワーとなって、ジンの頭から降り掛かった。
観衆となるしか術の無いホリーは、絶望の顔色を呈していた。
「何て事…」
ホリーは頭を抱えた。
ガーディアン・ワーム・アーツを撃ち倒すなんて、バカもいいところだ。
どの面下げて上司に報告すればいいのだろう。折角の労苦が水泡に帰してしまう前に、フィルムに収めたのがせめてもの救いと言えるにしてもだ。
都合六つのガーディアンの頭が吹っ飛んだ。一つの弾につき一つの頭。だが、効率が悪いなどとは言っていられる状況では無い。
二秒間に六発。如何に修行を積んだ手錬の拳法家でも、これと同じ速度で正確に突きを食らわすのは至難の業。リコイルのあるパウダー・ガンは尚更だった。
このクイック・ドロウをやってのけろと言ったのもジャバー・ウォックだった。事実、師匠自身も早撃ちの名手だった事を、今更ながらジンは思い起こす。
ジンは、《ブラックホーク》をベルトの間に挿み込んだ。
空になったシリンダーに、再装填する時間など無い。
「こりゃ、伝説のヤマタノオロチより多いじゃねえかよ!」
それから、ジンはヒップ・ホルスターから、隠しポケットのデリンジャーを二挺抜いた。
テキサス・アーモリー・モデル・ディフェンダー。ステンレス製の大口径デリンジャー。四四マグナム・オプションになっている貴重な小型銃だった。
デリンジャーの欠点は弾が二発しか装填出来ないこと。合計四発を有効利用する方法は、ジンの頭の中で予め出来上がっていた訳ではない。
出たとこ勝負。上手く撹乱出来れば儲けモン、という発想の産物でしか無かった。
「ぬおおおおお!」
雄叫びがジンの側方から近付いて来た。ジンは視線を合わさず、突っ走った。ガーディアンの残る首は、音も無くジンめがけて伸びた。
熱線が背なの肉を抉り取る。細い紐だけで首の後ろに垂れていたテンガロン・ハットが、危うく焦げるところだった。
「うあっ!」
もんどり打って転んだところへ、また熱線が走る。ジンの束ねた長髪は引き千切られたみたいに、宙を舞って流れた。仰向けに倒れながら、ジンはデリンジャーのトリガーを引いた。
二連発で放たれたマグナム弾は、見事ガーディアンの首に孔を穿った。
だが、倒れている暇など無い。ガーディアンとジンとの間に恐るべき素早さで踊り込んで来たのは、《鉄の爪》ロブ・ロイだった。
「ジィン!」
だみ声がジンの耳元で吼えた。思わず飛び退ったところへ、ガーディアンの反撃が加わった。
「ぐぐがあああ!」
熱線を受けたのは、ロブ・ロイの左腕だった。筋肉と血の焼ける臭いが瞬間的に立ち込めた。
ジンの放った残り二発のマグナム弾は、ガーディアンの最後の首を倒した。
ジンは片膝で体重を支えながら、身体が砂に流れるのを辛うじて防いだ。
ロブ・ロイの灰色の瞳には、炎が点っていた。狂気じみた殺意とも取れたが、何か別のニュアンスをも含んでいるように、ジンには映った。
「ロブ・ロイ!」
ジンは立ち上がり、弾を総て失ったデリンジャーを砂の上に捨てた。右腕を突き出し、中指を立てて見せた。
苦痛に頬が歪む。立っているのもやっとだった。ガーディアンが抉った背中の傷口からは熱い血が流れ出して、ジーンズを汚していた。
ロブ・ロイの口元が、大きく開いた。にたっ、と白い歯を見せて笑う様は、正気の人間とは思えない程鬼気迫って見えた。
「来い!」
走り出そうとしたミスティの腕を、アーチはすかさず掴んだ。
突然の事だったので、ミスティの身体は軽々と、まるでワルツでも踊るみたいにクルリと回って、砂に尻餅を搗いた。
「黙って見てろというの?」
ミスティは腰を押さえながら、眦をキッと吊り上げた。
「ジンは素手なのよ」
「今、手出ししたところであいつが諾々と助っ人を受けると思うか?」
アーチは白衣のポケットに両手を突っ込んだ。ミスティは首を振った。
「判ってるなら、よせよ」
「冷たいじゃないの。相棒に対して」
「あいつはキミの相棒でもないじゃないか」
アーチは真顔で答えた。
ミスティは立ち上がろうともせず、憤然とした表情で、頬に貼り付いた長いブルネットを掻き上げた。アーチは半ば開き掛けた口を一旦閉じて、また薄く開いた。
「ロブ・ロイがジンを殺す気だろうが何だろうが、構わない。オレは絶対あいつを死なせやしない」
「うわお。かっちょええ!」
対抗心を露わにして、ピーチィがミスティに向かって言った。
「随分と、自信に満ちた口っぷりだこと」
と、ミスティは涼しげに答えただけだった。
砂の上に血飛沫が散っていった。蒼穹は既に、血と同じ色に染まっていた。赤茶けた煙がジンの周囲を舞っていた。血煙なのか砂煙なのかは最早どうでも良い。
《鉄の爪》は、確実にジンの生命線を削り落としていく。
「ううああああ!」
思わずジンの口から、悲痛な叫びが洩れた。
ロブ・ロイは、爪の先に引っ掛かったジンのまだ生温かい皮膚の断片を剥がした。
たかが二の腕の皮が少し剥がれただけじゃねえか、とジンは瞬時に自分に言い聞かせ、立ち上がる。頭の天辺から、ジンはロブ・ロイの懐に飛び込んだ。
鳩尾に頭突きを食らわせたものの、ロブ・ロイはびくともしなかった。
体格差があり過ぎる。
ジンは飛ぶように後退した。《鉄の爪》は虚しく虚空を泳いだ。
ロブ・ロイは血に飢えた猛獣だった。充血し切った両眼は、ジン以外のものを見る余裕など皆無だ。
アーチの視線は二人の、というよりもむしろロブ・ロイの行動に釘付けになっていた。
「…正気じゃない」
「そりゃそうやで」
「ロブ・ロイの事だ。ヤツは一度死んだとジンが言っていた筈」
「一度死んだ…?」
ミスティとピーチィは声を合わせて、鸚鵡返しに言った。
《鉄の爪》が五本の弧を描いて流れた。背中を向けたジンのテンガロン・ハットの紐に、爪の先が引っ掛かった。
「チッ…!」
ジンの舌打ちと同時にロブ・ロイの左拳が飛んだ。上腹部に食い込んだ拳は、ジンをふっ飛ばした。テンガロン・ハットの紐が千切れた。
思わず帽子に気を取られたジンの隙を、ロブ・ロイと《鉄の爪》は見逃さない。
関節いっぱい開いた《鉄の爪》が、ジンの喉元目掛けて突進した。
一瞬、ジンの眼間をジャバー・ウォックの顔が過ぎる。黒いマンとの男のイメージが重なる。
息が喉元で凍り付いて言葉も無い。ジンは大きく目を見張った。
アーチは《キングコブラ》をショルダー・ホルスターから抜いた。セフティは外してある。大きく振りかぶって、《キングコブラ》を投げた。
「アホんダラ!まだ死ぬのは早過ぎるぜ!」
ジンは相棒の物騒な掛け声で、漸く我に返った。
受け取ったパウダー・ガンから伝わる温もりが、ずたぼろのジンを奮い起こした。
銃腔の螺旋を廻ったフルメタルの弾丸が大気を切り裂いた。
ヅギュァン。
ロブ・ロイの両脚が砕かれた。血管と神経を大きく震わせる破壊力が、大男の全身を駆け巡った。
もう一発。ジンは容赦無い三発目をロブ・ロイの胸に撃ち込んだ。
「うううあああ」
白い煙と共にロブ・ロイの絶叫が上がる。煙は噎せ返る程の臭気を撒き散らしながら、広がった。蛋白質の燃える独特の臭い。
太陽が歪んで地平線から完全に姿を顕した。その時何やら赤い光が、倒れゆくロブ・ロイの頭上を掠めた。
「ガーディアン!」
叫んだのも、動いたのも同人物、ホリーだった。
ホリーは両手から突っ込むようにして、ジンの背中を突き飛ばした。
ジンはダイヤモンドと砂の中に突っ伏した。条件反射的に、すぐさま身体を起こす。
再び《キングコブラ》が発砲した。黄色い砂から現れたのは、ガーディアン・ワーム・アーツの本体に相違無かった。黒光りのする巨大ゴキブリのような形体は、生理的嫌悪感を催すにはうってつけだった。
白い煙を燻らせながら、ガーディアンは停止した。
自分を中心に、ロブ・ロイとホリーの身体が横たわっているのを認めた時、ジンはやや驚きうろたえ掛けた。だが、ホリーに駆け寄り、それは確信に変わった。
「…あれほど壊さないでって言ったのに」
ホリーはジンの顔を見上げると、片頬の筋肉を緩めた。その声は生彩を欠くどころか、息がところどころ洩れていた。左肺をやられている。
「喋るなよな!あんた、何考えてんだ」
ジンは自分自身を詰るように、強く言った。
「私はもう長くはないわ。これをあなたに届けて欲しいの」
ホリーは親指の先ほどのチップを摘み上げた。フィルム・チップには、ガーディアンの映像が記録されているのだろう。
「何言ってんだよ」
ホリーは二、三度痙攣しながらジンの肩に縋り付いた。血の塊を吐き噎せ返る。
「場所は……」
囁いた言葉は、はっきりとジンに耳に残った。ホリーの黒い瞳は力を失い掛けて、顔色は土塊色に変わりつつあった。
「あなた、やるわね。パウダー・ガンだけでガーディアンを仕留めるなんて」
ホリーは小さく笑った。その後、激しく咳き込んで、ジンの肩から滑り落ちた。
「信じられない…」
それがホリーの最後の言葉だった。ホリーは急速に衰弱して、両腕を藻掻いた後、力尽きた。黒い瞳が灰色に曇り、ありふれた屍と同じになってしまった。
ジンは奥歯を噛んで、立ち上がり、のろのろとロブ・ロイの方へ近付いた。
首は完全に身体から離れている。
筋肉は裂け、身体は胴体を境にほぼ真っ二つに裂けていた。裂け目からはみ出した腸は、まるでそれ自身が独立した生物であるかのように蠕動していた。
夥しい血はアメーバに似てどろり、と流れ出しては砂に吸い込まれた。
ジンは吐き気を堪えながら、ロブ・ロイの末期を見詰めた。正気で考えたら、フルメタル・ジャケットを浴びただけでこんな酷い事になる筈は無い。
しかし、ジンは不思議にそんな事はどうでも良かった。
「…お前、死んでたんじゃなかったのか」
ジンの問い掛けに、ロブ・ロイは薄っすらと目を開いた。灰色の瞳が光をまったく吸収しなくなって、死の兆候を色濃く映し出していた。
「地獄から、オレを…甦らせたヤツの名を知りたいか?」
ロブ・ロイは既に、先刻までの殺人鬼では無くなっていた。不敵な表情は変わり無いが、双眸には輝きすら見えた。
「黒いマントの男の事は…ガセじゃない」
黒いマントの男。ジンの胸の鼓動は無意味に高鳴った。
「ヤツが、オレを…」
言い掛けて、ロブ・ロイは笑みを作った。口腔はどす黒い血塗れになっていた。瞼が閉じられ、ロブ・ロイは絶命した。
ジンは言葉も無くその場に膝を着いた。
短時間の間に砂漠は一旦、輝きを増した。朝の優しい空気が辺りを包み始めていた。
終章へ続く
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