(二) 長州浪士・大楽源太郎
ここに一人の浪士がいる。大楽
(だいらく)源太郎という。長州浪士である。この時三十二歳。
鍛え上げた体躯は人並以上にがっしりと逞しく、色は白いが長州顔にしてはやや四角張った顎が性格をあらわしていた。
源太郎は、寄宿している東洞院の商家で同志と酒を飲んでいた。文久四年の二月初旬である。
宵の口からしたたか酔っていた同志二人の口から頻りと洩れるのは、
「冷泉為恭を斬る」
ということであった。源太郎は訊いた。
「その絵師は一体何処にいるのだ?」
先程からちょこちょこと冷のまま丹波の酒を飲んでいた神山進一郎は、耳の穴をほじりながら言った。
「おぬし、熊谷先生から何も聞いておらんのか?奴は堺町御門の近くに居を構えている。だが、洛外にも民家を借りて近頃は往復しているらしい」
「大層儲けているようだな」
源太郎は唸った。熊谷直行は鳩居堂と称する。頼山陽、三樹三郎父子の元に居た学者であり、源太郎もかねてから親交があった。
源太郎はとかく斬奸を旨とした過激派浪士とは一風異にする。
幼児期から萩城下で塾に通い、時習館や咸宜園にも学び、安政四年に上京して頼三樹三郎に師事した。翌年、江戸へ赴き、再び京へ戻ってからは梁川星巌らとかかわった。
ところが、大獄が起こるや、彼等と関わったということで禁足蟄居を命じられる。
捕縛された頼や梅田雲濱らを救出しようと、同郷の赤根武人らと計略を練るが、失敗に終わってしまった。
源太郎は、文久二年に赦されてまた上京するが、八月十八日の政変に遭った。
その後、水戸へ行き、水戸藩世子の上洛の供に加わって四度、京へ戻って来た。これが今月初めのことである。源太郎自身なんとも目まぐるしい活動であったが、当然ながらこの半年余の京の有様を知らない。
源太郎が水戸に潜伏していた間に、京はすっかり会津、薩摩という大藩に牛耳られていた。
「儲けているも何も」
天岡忠蔵が言った。
「冷泉は―いまは岡田と名乗っているらしいが、絵師という立場を利用して幕府に朝議の秘密を洩らし、それで金を得ているという」
「屋敷が二つあるのもそういうことだ」
神山が嘲笑うように口を挟んだ。
「それが今に始まったことではなく、大獄の時にこやつの洩らした情報が総て所司代に渡っていた。酒井若狭守にはとくに可愛がられていたようだ。与力らとも親しい」
「成る程、冷泉を通して幕府に筒抜けというのか」
源太郎は頷いた。それだけではない、と天岡は言う。
「いっとき、三条公が命を狙われていた時期があったろう」
「ああ。姉小路少将が殺害された頃だな」
昨年の五月二十日のことである。姉小路公知が朝議を終えて帰宅する途中、何者かに襲撃された事件である。
下手人は薩摩の田中新兵衛であると奉行所は発表したが、実際のところ誰が手を下したものか判らない。天誅流行の昨今はこういう事ばかりである。
元々、源太郎は闇雲に主張の異なる人間を斬ってよいとは考えていなかった。ゆえに、こぞって志士らが手柄を上げようとすることに対して関心が薄い。そういうわけで、この話も実は受けるか受けないのか、考えあぐねていた。
「しかし本当の大元は三条公ではなく、冷泉なのだ。三条家に出入していた奴輩が洩らしていたのだ。それが今も続いている」
「けしからん奴よ」
と、神山が徳利を逆さにして言った。もう一升ほど飲んだだろうか。
「己が要人等の家宅に出入して攘夷を語り、いっぱしの志士気取りをする。ならばまだしも、私腹を肥やす為に幕府の諜者になっているとは、片腹痛いわ」
「そのような小者でも金の如何で貴族になれる世の中たあ、ますます納得いかんな」
源太郎は黙って聞いていた。本来は、多弁な筈の男だが、京に戻ってからは仔細がわからぬゆえに口数が減っていた。ご直参になるのも金次第ではあるのだが、とかく冷泉の心がけが浪士らの気に食わないのだ。
「斬るしかなかろう」
「斬るか」
天岡と神山が少し浮かれ調子で言った。
「一つ問題がある」
と、天岡は腕を組んだ。そうして、源太郎の顔を凝視した。
「近頃、冷泉のほうでも己が命を狙われていると感付いているらしく、身辺警護をつけている。所司代と新選組だ」
源太郎は瞠目した。
「所司代の方はまあいい。知れている。手強いのは新選組だな。ほぼ毎日一人か二人ほどとっかえひっかえ交替で見張っているようだ」
たかだか絵師一人にそこまで必要なのか、と源太郎は思った。しかし、これは幕府の面子なのかもしれない。一昨年辺りから、京では儒者、貴族とお構いなしに次々と天誅で落命している。絵師一人さえ護れぬ京都守護職、所司代ではますます幕府の権威を落としかねない。
だからこそ、浪士はこぞって絵師を狙うのであろう。
「大楽おぬし、これをもし斬らなんだら我々はあの何処の馬の骨ともしれぬ連中を恐れてのことと、見くびられるぞ」
神山は酒臭い息を吐き出しつつ、源太郎を煽った。尤もな話である。会津藩御預・新選組という立派な看板を掲げてはいても、もとは氏素姓も知れぬ只の人斬り集団ではなかろうか。しかも、首領の近藤勇という男自体が士分の出身ではないという。
「百姓どもが恐くて絵師づれの首一つ取れぬようではな」
天岡も言った。源太郎はよし、と膝を打った。もとより二人の言葉に動かされたのではない。
生まれがどうのと、源太郎にはどうでもよかった。
冷泉為恭という絵師の二枚舌が気味悪く、新選組のように思想を持たぬ人斬りが横行していることに、幾許かの憤りを感じたからである。こういう連中が大きい顔をしているようでは、幕府はお仕舞いだ。仕舞いなら仕舞いで、けりをつけてやらねばならん。
そして、今一つは主流となっている吉田松陰門下生に対する威嚇であった。
長州浪士といっても、源太郎は今や攘夷倒幕の中心になっている高杉晋作らとは水と油ほど、反りが合わない。唯一深い付き合いのある久坂玄瑞は、現在京にはいない。
何かにつけて源太郎に悪意を持つ主流派に、ひと泡噴かせてみたいような心地もあった。
「冷泉の屋敷を探りに行く」
源太郎は立ち上がった。
「漸く飲んでくれたか」
天岡と神山もにんまりと笑んだ。
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