あとがき

 この話を書こうとしていた時、偶然にも二つの展覧会に遭遇した。
 ひとつは京都国立博物館で例年8月にやっている坂本龍馬展。2005年は「龍馬の翔けた時代―その生涯と激動の幕末―」。幕末の絵画などを中心に特集されていて、その中に冷泉為恭の宇治川図屏風(高山寺蔵)など二、三点あった。
 いまひとつは、大和文華館特別展「復古大和絵師 為恭ー幕末王朝恋慕」。こちらは、待ってましたとばかりに為恭三昧。為恭しかなく、また為恭好きにはたまらない展示だった。
 時代順に追っていくと、為恭の筆致の推移や熟達度がわかる。それにしても、小御所襖絵の「清涼殿更衣」の鮮やかさは得も言われない。「伊勢物語八橋図」などもであるが、コバルトブルーの美しさが際立っており、為恭はその色味の特徴を巧みに捉え、前面に押し出すセルフプロデュース力の凄さといい、天才としか思えない。
 線が大和絵らしくストイックでありつつ、空間の生かし方が現代的なのである。「若菜摘図」は東京国立博物館蔵なので、機会がある方は見られるといいが、思わずじっと佇んでしまった。ひどく抽象的な言い方で申し訳ないが、兎に角一見に如かず。
 ある意味、この迫力では大和絵に象徴される勤皇思想を持つくせに幕府にふらついたりしてけしからん、と誤解されてもしかたないかも、とも感じてしまった。
 
 ところで、司馬遼太郎の「冷泉斬り」(『幕末』所収)という作品がある。主人公は間崎馬之助という男だが、これは明らかにフィクションで、この人物のモデルとなったのは、長州浪人・大楽源太郎と思われる。
 しかしながら残っている史実は、大和丹波の鍵屋ノ辻というところで大楽らが冷泉為恭を殺害したということである。司馬作品ではこの部分と矛盾しないように大楽源太郎は別人物として登場するが、名前が二度ほど出るだけであった。結局、主人公は為恭を斬らずに物語りは終わっている。そこが史実に必要以上に立ち入らない妙だ。
 大楽はやはり為恭の妻・綾衣(「冷泉斬り」では綾子)に目をつけて為恭の動きを探っていたようである。その為に大楽は綾衣に懸想をしているという噂が立ったともいう。大楽源太郎その人に関しては、同じく司馬遼太郎の「大楽源太郎の生死」(『木曜島の夜会』所収)もしくは黒鉄ヒロシの『幕末暗殺』大楽源太郎の章を参照されたい。
 なお、伊藤与八郎は実在の新選組隊士である。
 冒頭に出てくる嘉祥の祝というのは、江戸時代、宮中や幕府、一般大衆にまでも浸透していた季節の菓子を食べて邪気を祓い、招福を祈った行事である。遊郭などでもこの日は菓子が出されていたというが、明治になって廃れた。

 結局誰が為恭を殺したのか?
 本当のところ、為恭が酒井若狭守に近しかったというのは、若狭守が所有していた「伴大納言絵詞」を見るのが目的であったという。だとしたら、為恭はとんだ被害者であることには変わりは無い。
 実行者は大楽源太郎だが、為恭をいちばん殺したかったのは誰なのか。誰がいちばん知恵者で、狡猾なのか。それは作者にもわからない。皆さんどう思われますか?


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