あとがき
 
 西本願寺にほど近く仏具屋の多い通りに、小さい延命地蔵尊の祠がある。その横にひっそりと建つ石碑は、「勤王之士贈従五位 中井正五郎殉難之地」と正面に刻まれており、南側面に「維新史跡 慶応三年十二月七日天満屋騒動之跡」とある。うっかり通り過ぎてしまうような場所。ここが、かの王政復古の大号令のわずか二日前に起こった新選組にかかわる洛中最後の騒乱の跡とは、俄に想像し難い。
 京都の市中は大河ドラマのおかげで新選組ゆかりの地を一目見ん、と観光客で色めきたっている。壬生界隈などは連日車両通行規制がなされる賑わいぶりだ。
 だのに、「お西さん」のこの辺りはいたって静かなものである。これもやはり「斎藤一」の知名度の低さなのか、それとも碑の場所がわかりにくいのが、と思いつつ隣家のお茶屋さんへ入る。
 宇治緑茶を販売する店舗の裏には、武者小路流(だと思う)のお茶室が設けてあり、抹茶とお菓子を一服五百円で頂けるというのでお邪魔してみた。 
 静かな茶室でゆったりと抹茶を味わっていると、喧騒とは無縁の世界に居る心地。目を閉じてここで僅かに百三十余年前に血刃を振るった乱闘が繰り広げられたのを想ってみた。
 あとで若い店員さんが天満屋事件の資料をくれ、今はただのガレージになっている宿舎の跡を案内してくれた。「坂本龍馬の仇討ちの場所です」という説明をされ、再び「やはり斎藤一の認識はもう一つなんだな」と少しさみしく思いながらも薄暮の「お西さん」を散策した。
 その間もずっと慶応三年十二月七日、降雪激しい当夜のことを考えていた。
 斎藤一を描いてみたい、と思ったのが、この平成十六年四月半ばの暑いくらいの好天気日だったことを記憶している。
 
 子母澤寛の『新選組始末記』や黒鉄ヒロシの『新選組』を読んだ時、四条大橋の上で沖田・永倉・斎藤の三名と中井・片岡の二名の斬り合いが非常にカッコよく思えた。これぞ剣客の醍醐味、というやつである。斬り合いにカッコいいも何も無いが、何となく殺伐とした中で男の見得やあそびの部分を感じた。片岡ののちの行動がそれをあらわしているように。
 そしてまた斎藤と中井が天満屋で対峙するのを読んで、まるで時代劇のさもありなん、という場面に思えた。これを題材にしないわけがない。
 しかし、天満屋事件そのものだけ、あるいは斎藤一の生涯を描いた小説、新選組通史の一部としては描かれていても、この二つの事件にポイントをおいてそれを軸にした物語はなかったはずだ。
 じゃあ、自分が書いてみるか、ということで書く。
 中井庄五郎の伝わる資料は少ない。ゆえに大半が想像の産物であり、また読者の方の中井像とは随分異なるものではないかと思う。それに、先達の描かれた中井とは違うものにしたかった。
 史伝によると、中井の上京は文久三年ということになっているので本作とは違うが、この間の動向がはっきりしないゆえに(何度か十津川と京を往復している?)慶応三年の上京にさせて貰った。ご容赦願いたい。
 斎藤とは対極の位置にある男として、中井の死に様を描く、そのことにプロットを立てた時から求心的にやってみた。そして、一方動乱の時代を大正期まで生き延びた斎藤の、死ねないもどかしさを模索してみた。二人とも、四条大橋の上で出会って、それぞれ油小路事件、坂本龍馬暗殺という重苦しい出来事を経て再び合い見えるとき、どういう心境になるのだろう。名前など実は知らない、けれどもお互いが腕に覚えのあるヤツだと胸に刻んでいた。いずれが死ぬにしても、死に舞台にはまことに相応しいキャスティングだと思う。
 武士とは、己らしい死に方を死に場所を延々と捜し求めてるような連中だったのではないかというような気がする。
 勝負に勝ったが、男として何枚もうわてだが、武士として庄五郎に負けた斎藤。
 斎藤一、そんなところにこだわる男だったような気がする。
 数年前、縁あって中井の郷里、十津川村を訪れたことがある。残念ながら、中井の生誕地、野尻まで下る時間がなく、谷瀬の吊橋で怖い思いをして帰ったのだが。とにかく山間の緑のすがすがしい、川の美しいところである。こんなところで育った人間は、心根は純粋なのだろうという思いがした。
 中井の墓は、今は東山の霊山墓地にある。だが、きっと中井はいつか一度でも十津川に戻りたかったんではないか、というふうに思った。
 いずれにしても、斎藤も中井も幕末という時代に暗殺に振り回された人物だといえる。暗殺行為は政治的意義が深いものだが、この天満屋事件に限っていえば、王政復古が密かに進んでおり、今更そんな意義も何もあったものかというだけに、その意図がわからない。いうなれば、坂本龍馬という人物の産んだ副産物としての仇討ち、単純明快な復仇に過ぎないと思う。本来なら、忠臣蔵のようにもっと華々しくかつ大衆の心を揺さぶってもよさそうなものだが、そうではない。
 復仇が成就しなかったからなのか、それとも幕末という時代性からなのか。価値観が揺れ動いていたことは間違いない。勧善懲悪という物語にするには、あまりにも生々しい。
 とにかく、「油小路」という地名はよくない。血腥いなァ、といつも車の渋滞する通りを眺めつ思う。

 【参考書籍など】
 『新選組・斎藤一のすべて』 新人物往来社(2003年)
 『新選組始末記』 子母澤寛/中公文庫(1977年)
 『新選組全隊士徹底ガイド』 前田政記/河出文庫(2004年)
 『新選組高台寺党』 市居浩一/新人物往来社(2004年)
 『新選組情報館』 大石学編/教育出版社(2004年)
 『日本史事典』 角川書店
 『日本史総合年表』 吉川弘文館

 十津川村のホームページ(「水のエリア」に中井庄五郎生誕地があります)
 美好園(びこうえん)のホームページ(「周辺観光案内」の天満屋事件跡)
 

 
 

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