(七) 白川屋敷
七条油小路で伊東らが兇事に遭った四日前、十一月十五日の晩のこと。
河原町三条の醤油問屋、近江屋方で刺客団に襲われた坂本龍馬が落命した。中岡慎太郎とともに二階に居た坂本は、丸腰だった。
まず一階で下僕の藤吉が斬られ、何かにふざけているのではないかと思った坂本は「ほたえな」と叱り付けたが、その時すでに二人の刺客が二階に上がってきており、中岡の後頭部に斬り付けた。
もう一人が坂本の額を一太刀払う。深手を負いながら、坂本は床の間に置いてあった刀を取ろうとして二太刀、袈裟懸けに浴びる。
しかし、かつて千葉道場で塾頭を務めたほどの男である坂本は、果敢に立ち向かった。だが三太刀目を鞘で受け止めたに過ぎなかった。
中岡は一日存命したが、出血多量の為十七日に死んだ。田中顕助がその語るところを書付け、最後を看取ったという。
奇妙なことだが、この二日前、伊東甲子太郎はわざわざ坂本を訪問している。
「近頃貴方を狙っている奴輩がいます。危険ですので土佐藩邸へお移りになられては如何か」
と、伊東は忠告したが、坂本は笑って取り合わなかった。
果たして二日後に伊東の予言通りになる。
伊東は誰が狙っているとは、明言しなかったが、その後の検分で異なことを言った。近江屋の現場に残された蝋色の刀鞘を「新選組の原田左之助のものである」と断言した。伊東のみならず、篠原泰之進や阿部十郎までも異口同音に言った。その上、前日新選組に貸した木屋町先斗町・瓢亭の下駄が捨て置かれていたという。
無論、原田は、
「そんなわけはねぇ。おれァその晩市中見回りに出てた。組のもんに訊いてくれ。大体この寒空に下駄を忘れて帰る奴がいるか。いたら面が見てえや」
と、いつもの強気で否定した。
結局、同日原田とともに見回りに出ていた隊士の証言もあり、これ以上の詮議は為されず終わった。とはいえ、新選組が下手人であるという疑いが晴れたわけではない。
京洛は再び殺気立っていた。
庄五郎が坂本の訃報をきいたのは、実に十一月十八日の早朝であった。
中岡を見舞っていた土州陸援隊の一人から聞いた。
このところ殆ど市中を出歩くことなく、庄五郎は塞ぎこんでいた。薩長の連中は相変わらず忙しなく動き回っていたが、それに伴って幕府の人間も一層目を光らせている。ちょっと外に出れば見廻組に遠巻きに目を付けられ、新選組と睨み合うような状況だ。得意の居合も眠って久しい。何とはなしに昼間から飲んでごろごろしているより、日々することがない。
その朝も些か宿酔いがとれない庄五郎だったが、知らせを聞いて一気に醒めた。
「坂本さんが」
そう呟くと、庄五郎は框の前で膝を折った。坂本から譲り受けた太刀のこじりを掌で握り締めた。
昼餉のあとで、覚えずうつらうつらしていた斎藤は、裏庭の物音と犬の声で我に返った。
紀与は出掛けている。
障子を開けて外を窺うのも、何やら億劫だった。一昨日からこうして浮蓮亭の奥に居続けている。どうせ屯所に戻っても、非番の隊士と碁でも打つか酒を飲むくらいだ。それならば、本当にお呼びが掛かるまで何処に居ようと構わないだろう。
明け方近くまで、じっくりと時間をかけて紀与を抱く。案外、情のこまやかな紀与とは肌が合った。他愛のない睦言を交わすだけで、あとは無言で貪り合うだけだが、充足になった。
何よりお互いに余計な詮索をしないというのが、艶めいた関係にはふさわしかった。
斎藤は羽二重の黒い着流しのまま、漸う障子を滑らせた。見れば、物売り姿の山崎烝が顔を覗かせている。
「やれやれ。もうお呼びが掛かったというわけか」
些かげんなりしながら、斎藤は懐手のまま山崎に苦笑いをしてみせた。監察方は、幹部が何処に姿をくらまそうが常に把握している。
山崎は、何かもの言いたげな目付きで斎藤を見上げる。だが、斎藤は敢えて藤堂平助の最期を訊くつもりはなかった。
「局長からです」
山崎は差し出した。近藤からの書状を受け取ると、斎藤は山崎を待たせたまま早急に袴を穿いた。
内容は至極簡潔で、斎藤の身柄を紀州藩・京都詰用人差添の三浦休太郎に預けるというものだった。名目は三浦の護衛である。先頃の坂本龍馬暗殺の一件について、三浦が嫌疑をかけられている。そこで斎藤に三浦の身辺を警護するようにとのことであった。
しかし口実はそうでも、この命令は斎藤自身を守る意味をも含んでいた。
御陵衛士と新選組との間には互いに脱隊して駆け込む者がいれば斬る、という固い誓約があった。いくら斎藤があらかじめ近藤らの間諜だったとしても、直ぐに帰隊したのでは些か首尾が悪い。名目を重んじる近藤ゆえに、一旦斎藤を他所へ預け、職務をまっとうさせたうえで帰参を許可するという腹積もりなのだった。
斎藤は、袴の股立ちをやや短く取り、新選組三番組組頭の顔に戻って、山崎に言った。
「山崎さん、まずは局長に伝えてくれ。どうせ一旦紀州藩に身柄お預けとなるなら、名も変える」
「その方が月真院の残党からも逃れよいですな」
山崎は言った。
「して」
「本日より山口二郎だ」
斎藤は山崎の姿が見えなくなると、雪駄を履いて表へ出た。何気無く散策にでも出るかのような足どりで、そのまま聖護院の紀州藩邸を目指した。
師走になんなんとするどんより曇った日、庄五郎は白川村の屋敷に請じられた。
みそかに相談事があるという書信を前々日に受け取っていた。差出人は海援隊・陸奥陽之助(のち宗光)とあった。面識のない相手だが、海援隊という肩書きのみで用向きはすぐに知れた。
庄五郎は、少しの迷いはあったが、ぼんやりしていても始まらぬ、と招聘に応じることにした。
奥の書院に通された庄五郎は、陸奥と対面した。
「若いな」
と、陸奥は呟いた。そうは言っても陸奥自身は庄五郎より三つほど年長なだけである。「人斬り」の冠を被る男として、もっと年齢不詳のむくつけき男を想像していたのかも知れない。意外といえば、庄五郎の方もであった。
背はあるが色白で、一見して文才のあるような男、事実、海援隊の中では測量官をつとめていただけに、剣の腕に格別の覚えがあるとは思えない。
「新選組を斬る」といわれて、成る程この男が指揮をとるのか、とは俄に信じ難い。しかしながら、そんな陸奥のような男をして復仇せしめんと血潮を煮え滾らせた坂本の存在が如何に大きなものであったか、庄五郎は改めて噛み締めた。
「屯所へ斬り込むのですか」
庄五郎の疑問に、陸奥は些か瞠目した。
覚悟を決めていたものの、やはり斬り込みの計画をこうして他言することに惧れがあったのに違いない。庄五郎も、これまで幾度か尊攘浪士たちによる新選組本部への斬り込みの計画を聞いたことがあったが、実現を見たことがない。
それほどに手強いのだ。何より庄五郎は体で知っていた。二人掛りとはいえ、膂力のある片岡源馬を半死の目にあわせた狂刃の持ち主ども。
「いや」
陸奥は呼吸をおいて否定した。
「坂本を斬れ、と奴らを唆した人物がいる」
紀州藩周旋方の三浦休太郎。
三浦は坂本と因縁がある。同年春、長崎より神戸に向かって航行していた海援隊のいろは丸蒸気船が、讃岐箱崎の沖合に差し掛かったとき、俄に汽船が現れた。いろは丸は船を左へ旋回させて避けようとしたが、汽船はなおも向かってきた。気付いても操舵出来なかったのかどうか、結局二艘は衝突し、小さい方のいろは丸は真っ二つになった。
坂本らは汽船に乗り移って難を逃れたものの、これでは気が収まらない。無論、非はそちらにあるのだと主張して多額の賠償金を要求した。
この時の汽船が紀州藩船・明光丸であった。一方、紀州側も唯々諾々と要求を呑むのは沽券に関わるとして、互いに譲らない。最終的に長崎にて談判が持たれた。
紀州藩は、八万三千両という莫大な賠償金を海援隊に支払うということになった。
その約ひと月後、近江屋の二階で坂本が斬殺されている。
「首謀者は三浦休太郎」と、誰もが睨んだ。三浦は新選組にゆかりがあり、見廻組の佐々木只三郎とも懇意の間柄である。
この際、直接手を下したのが新選組であろうと誰であろうと構わないが、三浦を討って報復と為す。
陸奥は念入りに斬り込みの人選を行った。そして、どうしても先払いの居合の達人が欲しかった。
「この刀は坂本さんから頂戴したものです」
庄五郎は居合にはやや不便な長さの差料を陸奥に見せた。成る程、坂本の佩刀であった。
「これでやります」
庄五郎は鞘を握り締めた。腰に収めたところで、大きく身震いした。
坂本の為に斬る。畳の上では死なぬ。
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