あとがき
岡本綺堂の『修善寺物語』が好きで、高校生の頃何度も読み返した。
大まかなあらすじは、
「鎌倉時代、伊豆修善寺・桂川のほとりに夜叉王という面作りの名人が、二人の娘(姉かつら・妹かえで)とかえでの婿・春彦の4人で暮していた。姉かつらは美人だが気位が高く、まだ独身であるが、修善寺に二代将軍源頼家が政争に破れ、流されてきたことで運命は変わる。ある秋の晩、頼家は自分の顔を後世に残すべく夜叉王に命じて面を注文してあったが、半年も経って出来あがらないので催促に来た。夜叉王は何度作ってもその面に死相が現われるので納得できない作品を渡せないという夜叉王を頼家は怒って斬ろうとしたので娘のかつらが面を頼家に渡す。見事な出来映えであるとして、頼家は感銘しこの面を献上させた。そして娘かつらを御殿に出仕させ側女とした。しかし、その夜北条の討ってに襲われた頼家は殺され、面をかぶって頼家の身代わりとなって戦ったかつらは瀕死の身で家に落ち延びると、父夜叉王は自作の面が将軍の運命を暗示するほどの作であるを知り満足の笑みを浮かべ、今まさに死なんとする娘、かつらの断末魔の面を写しとろうと筆を走らせるのであった」
というもの。
本作品と『修善寺物語』の共通点など何処にも無いではないか、と叱責を受けそうだが、つねに私の頭に浮かんでいたのは修善寺のような風景であった。貴人(しかも敗軍の将)の流離と温泉街は切っても切れないものだという気がする。
実は、舞台となった津川(現・新潟県阿賀町)は藤沢周『ブエノスアイレス零時』で麒麟山温泉のある場所として印象的に描かれるのだが。まだ行った事は無いので、機会あれば是非ともいい意味で鄙びた雰囲気の温泉を満喫したい。
むしろ、本文中に挿入した藤吉郎と久之丞の話は、同じく綺堂の『青蛙堂奇談』の中の「笛塚」という話のオマージュであって、そのままそっくりではないが、ディテールを変え、二人の笛の持ち主の心境の変化を吟味して書いた。到底、綺堂先生の筆になど足元も及ばないので「笛塚」の鮮やかな筆致よりねっとりと、残酷な効果を狙った。綺堂好きの方には気付かれただろうし、パクリではない換骨奪胎のつもりでここに記す。
松平定敬が笛をよくしたかどうかは、私の想像である。だが身体を動かすことは厭わなそうで、謡は出来たと思うので、謡曲「竹生島」の場面を挿入した。「竹生島」は、よく油小路の変で伊東甲子太郎が歌っていたものだというが、ここに記した通り「春の歌」なので、小雪の舞うような真冬に伊東のような博識が唄ったというのも何か変である。
蛇足を承知で言えば、「竹生島」は琵琶湖に浮かぶ最大の島であり、弁財天が祭られている。古くからの信仰がある島で、竹生島に参るといえば「戦勝祈願」でもあった。それを踏まえて、定敬は同盟軍の勝利を祈願して舞ったということにした。
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