(一)

 此の頃めっきりお父様は溜息を吐かれることが増えておりました。半年ほど前まではまだ半分は黒かったお髪(ぐし)も真っ白になられて。日光東照宮の宮司を辞去されてから、殊に憔悴されたような気がしてなりません。唯一趣味と申されます和歌も、殆どお詠みになっておられません。
 今日もフランス窓のある客間に座ってぼんやりと外を眺めてお出ででしたので、声をお掛けしたのです。
 ぴかぴか光る銀盤のような盆に載ったカップから漂う香りに、お父様は漸くはっと虚を突かれたように目を見開かれました。
「珈琲ですのよお父様。横浜の中島様から頂きましたの」
 うむ、と頷きお父様は珈琲をお見つめになりました。
「そのまま頂くと、何やら焦げたお薬のような苦味があって少し酸っぱくて。ですからあたくし、いい事を教わりました」
 私はカップに半分ほど注いである珈琲の上から暖めた牛乳を入れました。途端にお父様は、
「美弥子はそのような物を知っているのか」
 眉を顰められました。私は慌てて肩を竦めました。
「申し訳ございません。お父様は牛乳がお嫌いでしたわね。これはカッフェー・オウレと言うのだそうです」
「知っているよ」
 お父様はやさしげにお答えになりました。私は些かの驚きを隠し切れませんでしたので、顔に表れてしまったのだと思います。私はてっきり、お父様が珈琲を飲まれるのも初めてだと思い込んでおりました。
 お父様は更に柔和な笑みをお作りになられました。こんなやさしいお顔をなさるのは久方振りに思えました。
「初めて珈琲を飲んだのは、彼是二十数年前か。それ以来まったく口にしておらなんだが。大坂城であった。忘れもせんよ、まだ春浅い二月の頃だった」
「まあ。その頃にも珈琲は簡単に手に入ったのですか」
 すると、お父様はやおら首を横に振られました。
「こうやって誰もが飲む事が出来るような物ではなかった。フランスとはかねてより貿易をしておったので横浜から江戸―東京へ入って来たものと聞いた」
「お父様がお取り寄せになられましたの?」
 いや、とお父様は声色を落としてお答えになられました。
「大樹公が。大坂城にてフランスの外交官と会談の折、私も同席していたのでな」
 お父様が大樹公と仰られることは滅多にないのですが、その時いつも何とはなしにくぐもった違和感のある抑揚を感じずにはいられません。それは、私のみならず弟達も言っておりました。
 此処でその経緯をお話するのも長々と御聞き苦しいことですので、敢えて申しませんが、それこそこの御一新前後に際して大樹公とお父様との間には言い尽くせぬ様々のことがございました。そして、大樹公は静岡に御隠居なさられてからも一切公式の場にはお出でにならず、お父様も双方互いに何も語らず数十年お過ごしになっておられたのです。
 私ども子供の事や、かつてお父様の下で働いておられた方々とご面会なされてたまさか談笑されたり、和歌を詠んだり茶の湯を立てておられても大樹公のことにお話が及ぶと、それは全く真珠貝のように固く口を閉ざしてお仕舞いなのでした。
 そのお父様自ら、大樹公と言われましたので、私は思わず銀の匙を取り落としてしまい、とても見苦しいことでした。
「御免下さいませ」
 そう言って匙を拾い上げると、お父様は何事も無かったかのようにカップを手にし、珈琲を口にしておられました。
「ああ、久方振りの味だ」
 少し唇を歪めて困ったように眉を下げるお父様は、娘の私が申し上げるのもおかしいことでしょうけれども、少しお茶目にも見えました。
「初めて飲んだあの時は、煎じ薬かと思うたよ」

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