(二)
フランス公使のロッシュが碧眼を見開いて「陛下」と呼ぶ。無論、徳川慶喜に対してである。
通詞の流暢な訳によってロッシュが何を話しているのか、松平容保
(かたもり)にも直ぐに判った。
「幕府の仏式軍隊を大きく拡充することが先決です。砲兵も歩兵隊も庶民の徴募によっていますね?旗本は使えないのですか?」
まるで内政顧問の口振りであるな、と容保は思った。しかし的を射た意見ではある。岡目八目とはこのことであろう。旗本八万旗は有事に殆ど役に立たず、無為徒食の輩であっていたづらに幕府の禄を食いつぶしているに過ぎない。それを解体して幕府を一旦立て直す必要があろうことは、容保も痛烈に感じていた。
さらにロッシュは諸侯が将軍を投票にて選出するという方法について語った。慶喜は頻りに「それはよい」と頷いていた。
再び徳川の中央集権を確立するには、大幅な改造案も已む無し。だが、旗本制度を即座に解体し、諸侯を廃するというのは如何なものだろう。それでは益々西国大藩は黙っておるまい、と容保は考えた。
「己は徳川
(とくせん)に随い護る御役目と心得て、不本意な事も引き受けてきたが、果たして大樹公のお考えのようになさって宗家が存続かなうものであろうか?それこそ、ロッシュの言うような将軍選出や札入なる制度で必ずしも宗家が選出されるとは限るまい」
如何な佐幕派の容保でも、いや京都守護職として現実に倒幕過激派の動きを把握し、数多の浪士ら老獪な公卿らを相手にしているからこそ、慶喜の思惑が実現容易いとは思えなかった。
幕府が改変されたとして、長州、薩摩ら西国大藩は急度牙を剥き、徳川を叩き潰そうとするであろう。
「その札入にて選出というのは実に公平と見えまする」
と、大きな目を輝かせて言ったのは容保の弟、松平越中守定敬
(さだあき)であった。
「是非、我が藩の軍制にも導入したいものです」
容保は定敬と目が合った。十一歳年下の闊達な弟は、既に洋装にすべく総髪に結っていた。容保は、少し視線を逸らせた。洋式が苦手というのではないが、容保はまだ慶喜や定敬のようには早くついて行けなかった。にっこりと微笑む定敬に対して、容保は漠然と気後れを感じた。
やがて卓子の上に飲物が運ばれてきた。何処か焦げたような匂いのする、だが香ばしい湯気を立てている洋椀に入った飲物を見て、容保はぎょっとした。漢方薬の千振や葛根を煎じたように真っ黒なのである。
「珈琲というのだ」
と、慶喜は言った。豆を煎じて煮出した黒い汁がそうである、と説明した。容保は膳に出される丹波の黒豆のようなものを想像した。だが、慶喜がわざわざ料理人を呼びつけて見せた豆は、大豆を半分にしたような茶褐色のものだった。
「こういう豆がジャワやジャガタラという南方で採れて、阿蘭陀人が『ぷらんてんしょ』という農場で作らせたものを仏蘭西人が買い付けて横浜まで持ってきたという」
「このまま煎じるのですか?」
定敬が興味深そうに訊いた。
焙った豆は細かく砕いて煎じるのである。慶喜が美味そうに珈琲を飲むのに順じて、容保も飲んでみた。
苦い。茶の苦味とは違い、渋味はないが。薬のようだと思ったのはあながち間違いではない。それに酸味もある。不思議な味だった。
「変わったお味ですね。しかしながら香がとてもようて。兄上は如何にございますか?」
定敬は容保に話し掛けた。容保はふうむ、と唸った。傍らのロッシュが兄弟の様子を見て笑み、何事かを仏蘭西語で言った。
「この豆はジャワのアラビカ種というもので、元々ペルシアのもっと西で採れた珈琲豆です。酸味がやや強く、熱帯地域ではこういった味が暑気を払い、滋養にもよいとされ、好まれます」
通詞が訳した。
「ペルシアか」
慶喜は嬉々として繰り返した。「清国の遥か西、かつて戌吉思汗が遠征した」
「夢のようですね」
定敬は白い歯を見せた。ロッシュは容保があまり飲みすすまないのを見て慶喜に言い、給仕が呼ばれた。
「違った飲み方があるという。先日渋沢が余に教授してくれた」
一橋家の頃から慶喜の側近の如く出入している渋沢栄一が、一月にパリに向けて発った。慶喜の実弟・昭武を代表としてパリ万博に参加する為である。この時、出発前に横浜でフランス人料理人から聞いたのだという。
給仕は沸かした牛乳と砂糖壺を持参した。恭しく慶喜の珈琲茶碗を取り、その中へ牛乳を注ぎ込む。容保は鼻を抓みたくなった。牛乳の獣臭い臭いが嫌いである。そのままでも飲む気が起きないのに、熱したものは尚更。それを苦い珈琲の中に入れるなど、どういう事なのか。
さらに給仕は銀の匙に砂糖を掬い、茶碗に放り込むと掻き混ぜた。黙礼して慶喜の前に差し出す。慶喜は臆せず口を付けた。
「カッフェー・オウレというらしい」
甘くてまろやか美味である、と慶喜はほくほくと喜んだ。容保と定敬にも同じものが出された。肌色のように変化した液体は、先程の黒い湯より一層不気味な泥水のように思えたが、慶喜がああも喜ぶので思い切って飲んでみる。
すると、意外であった。嫌いであった牛乳も、何処と無く得体の知れない珈琲も姿を消し、まったく異なる飲物に感じられた。甘く口中で温かみが残る。
「まことに飲みやすいです。兄上は?」
定敬は明るい顔で言った。容保は「美味にごさいまする」と、素直な感想を述べた。慶喜は怜悧な眸を泳がせて、
「全く性質を異にする物が合わさって各々の特性を生かしつつ変化する。物事を成そうとするにあたって、相互がこのカッフェー・オウレのようであれば望ましいのであるが」
機敏な定敬は直ぐさま顔を曇らせ、容保も慶喜の言わんとする意味を悟った。
公武合体の事を指していた。だが、その夢も前の将軍・家茂が逝去、続いて昨年末の孝明帝崩御によって永遠に潰えてしまった。
容保は俄かに給仕の持ってきた砂糖壺を見据えた。牛乳と珈琲はその二者のみならず砂糖の介在によって、カッフェー・オウレの完成に至った。我々元将軍後見役、京都守護職、京都所司代こそがその砂糖たり得たのではなかろうか。
専らその変節振りが幕閣の間で問題になり、容保自身も時として大いに悩まされることの多い慶喜だが、それは兎も角我々は一致協力して砂糖であらねばならないのでは、と容保は強く思った。
「陛下、兵庫に新たに港をお開きになられば、珈琲もお好きなだけ飲むことが出来ましょう」
ロッシュの言葉を通詞が静かに伝える。兵庫開港は再三迫られている事項ではある。慶喜は力強く頷いた。
「兵庫開港の勅許を奏請いたそう」
「まあ。それで神戸をお開きになられたのですか?たかだか珈琲の為に」
私は目を丸くして訊き返しました。すると、お父様はいやいや、と柔らかく手を振られました。
「奏請はしたが、不許可とあいなった。たかだか珈琲とあなどってはならぬぞ、美弥子」
珍しく多弁なお父様に、私は半ば呆れたような微笑ましい心地でありました。
「オランダやエゲレスは斯様な農作物や貴重な香料を開拓しようと大海原へ出、日本に来てそれらを買わせようと開港を迫った。えもいわれぬ脅威を感じたものだ。大豆ほどの豆や山椒粒のような香料の為に」
勿論、戦を見越して多くの武器弾薬も輸入されましたのですけれども。
お父様はご自分のカップを差し出して、仰いました。
「さあ、牛乳を少し入れておくれ。砂糖も忘れぬようにな」
この時のお顔、私は生涯忘れません。お父様は固さの解れた、まるで弥勒仏のようなとてもよいお顔でした。
そのあと二月も経たないうちに、お父様は俄かに病の床に臥されるようになったのです。
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