(五)

 池下家は三条家に仕える御蔵米公家の一である。
 御蔵米公家というのは、幕府から御蔵米を頂く無役の平堂上という意味である。二条城蔵奉行所から年に二回の禄を貰うが、それが池下家は三十石二人扶持である。直参で言えば、御抱御家人ほどの貧しさであった。
 ところが、公家の場合は年に数回の参内もあって、御目見以下の御家人とはわけが違う。酷い家になると、参内の時に衣冠束帯一式を借り着で済ませ、家来も日傭という公家さえあった。
「ばれてしもうたらしゃあないですわ。うちの本名は、池下由布いいます」
 おゆうは半蔵に向かって、開き直ったように言った。
 いやにあっさりと正体を寛げたものだ、と半蔵は思った。
「堂上家の姫が辻君を」
「姫(ひい)さん言われましても、うちも今年で三十二。出戻りの大年増ですねん」
 おゆうは小さく笑った。
 御蔵米公家の中には、家禄だけでやっていけず、内職に励む者も少なくないという。
 池下家も御多分に洩れず、当主の宏行をはじめ、一人娘の由布もかるた書きや寺院の文書を書き写す内職をしていた。
 あるいは、そうした平堂上に摂家や直属の後家門に運動して官職に就こうとする者もいたが、池下宏行は決して猟官を働くことをしなかった。
「お父(もう)様は、今の世の中所詮役料なんぞ貰うて官に就いたところで、日々奉行所や所司代の機嫌とらなあかんし、阿呆らしい言うて平堂上に甘んじてはります。せや言うたかて、幕府の権威なんかどないなもんどす。去年(こぞ)は公方はんもお越しやして、御上の行幸のお供をしやはったやありまへんの。そのうち、やっぱり御上の天下に戻らはりますやろ」
 おゆうは、揚々と喋った。半蔵の正体を知らずに言っているのか、薄々感付いて言っているのかは判らない。
 幕府の威光も色褪せて来た。
 黒船来航以来である。それで宏行は自分は兎も角、せめてもと由布を有力な家に嫁がせるよう尽力し、漸く議奏の富小路家に縁付いたのが九年前である。
 富小路家の嫡男、直孝は温厚な人柄であった。さらに、その家には次男の直尚(なおひさ)がまだ部屋住みとして養子先も決まらずに残っていた。
 しかし、あってはならない事が起こる。
 あろうことか、直尚は兄嫁に懸想してしまんたのである。
「初めは無理矢理やったんどす。けど、直尚はんが余りに一途で気の毒に思いましてん」
 そこで、おゆうの言葉が一旦途切れた。
 あとは成り行きに任せるしかなかった。不義は度重なり、一夜毎におゆうの心は直尚に傾いていったという。だが、悪事の露見は早い。二人の密通が直孝の知るところとなった。
「離縁だけで済んで幸いでした。直孝はんは、情は薄いけど懐の広い良いお人どしたよって」
 おゆうの言葉に悔恨は感じられなかった。
 ならば、夫に義を通さなかったのは何故なのか、と半蔵は問いたかった。だが、他人の恋路の事は皆目判らないのだった。
 このような事があれば、当然池下家に猟官の話などあろう筈もなく、親戚も遠のいた。
 宏行は己の不徳のいたす所と泣く泣く由布を出戻らせたが、心労が元で病がちになった。
 それでも数年は寝たり起きたりを繰り返していたものの、近頃は本当に寝たきりになってしまったのである。
「お父様には恥を掻かせてしもうた。それだけは申し訳ないさかいに思うて、うちも働こう思いましてん。けど、薬を買うにも御扶持だけではやっていけへん」
 それで、身分を隠して夜辻に立つことにしたのだという。
「昼間は雇いの雑掌はんがおりますよって、うちも一緒にお父様の御世話や内職をしとります。寝付いてくれたら北野まで来ますのや。せやけど、この間の数日はえろう熱を出さはって、夜寝ずの看病しとりました」
 佐川の事は、ゆえに知らないという。おゆうは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「うちがこないな恥晒し、みいなぶちまけましたんも、半蔵はん、あんたやからです。見ず知らず、通りすがりのうちみたいな女を助けてくれましたよって」
「己を卑下するな。おぬしは父御思いではないか」
 すると、おゆうはほほほと甲高く笑った。
「そないに言うてくれますのんか。ええお人やわ、半蔵はん」
「商売の邪魔をして相済まなんだ。帰る」
 半蔵は懐から銀粒を取り出して、おゆうの掌に握らせた。
「ほんまにええのんどすか」
 ああ、と半蔵はおゆうに背を向けた。
「――一つ聞き忘れていた事があった」
「何どすか」
「富小路直尚は、おぬしが離縁された後、どうなった?」
 さあ、とおゆうは首を傾げた。
「家を出されたとは、風の便りに聞きました。もう、うちみたいなどくされ女に迷わんように養子にでも行かされたんやと思います」
 吹っ切れたようなおゆうの口調に安堵して、半蔵は北野を後にした。
 そうして何事も無く、二月が過ぎた。
 椿事が起こったのは、三月になって間もないうららかな日の事であった。
 禁裏付同心の一人が惨殺されたとの報せが所司代に届いた。取次いだのは、半蔵であった。
 真鍋左内の口からそれを聞いた半蔵の胸に、佐川又兵衛のことが過ぎった。
「どういった状況で」
 半蔵が訊き返すと、真鍋は丸い鼻の頭に浮いた汗を指で拭いつつ、
「同心の安井庫吉という男ですがね。これが、佐川と同じように斬られとったんですわ」
 安井が斬られたのは、中御陵社の付近であったという。夜回りの奉行所同心らが駆け付けた時には、まだ安井には息があった。
「言い残したのが"吉岡"という名です。斬られた頃に丁度、現場を走り去るような怪しい連中を見たと触れ込みがあって。いま市中に探索の者等を放っとります」
「"吉岡"だけでは直ぐに判らんのではないか」
「へえ、まあ。それが、安井は前々から市歩(いちあるき)して睨んどった者等がおると、同心から聞いとりますが」
 禁裏付同心というのは、禁裏御門の守衛が正式の役目だが、その実幕府の密偵をも兼ねている。
 無口で人当たりの良さそうな門番を装いつつ、御所の内や公家の動向を見張っているのである。身分は禁裏守衛総督一橋慶喜下に属するが、これは慶喜が新職に就任した最近のことで、それまでは全て奉行所そして所司代の下に置かれていた。実質的には、所司代の差配を仰ぐ。ゆえに、報告を受けたのである。
「公家屋敷では主上の目の届かんのをええ事に、公然と博奕が行われとりますなあ。貧乏公家のことやから、しゃあないとこれまで片目瞑って幕府も堪えとりましたが、この頃はあきまへん。ごろつき共に混じって、過激尊攘派も出入りしよります。恐らくは、安井はそれに目ェ付けとったんや思います」
 真鍋は言った。
 江戸においても、藩邸の中間部屋や旗本屋敷では公然と博徒が出入りしていたものだ。そこを拠点にして、御用盗が跋扈した。京ではそれが公家屋敷になっている。
「尾行していたのがばれて、返り討ちにされたのか」
「安井は抜刀しとったようです。刀に血が付いとったらしいんで、下手人は手負いですわ。早う見付かるとええんですが」
「佐川又兵衛を殺したのと同一の者であろうか」
「野放しにしておっては、益々京職はんは何やっとんかいなと町衆にも虚仮にされまっさかいに」
 真鍋はそう言い残して、奉行所に戻って行った。
 半蔵の中に、俄然ある人物に対する疑念が沸いてきたのであった。

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