(二)

 斎藤一が留守中に大事なものを盗まれた、という噂が広まったのは、それから三日後のことだった。
 すわ佩刀か胴巻きかと問えば、「もっと大きなものだ」という。
 河原町七条の質屋から購ってきたもので、助勤部屋の隅に風呂敷三枚でくるんで置いていた。
 それが、巡察から戻ってみると忽然と消えていたのである。
「聞いてみると、何だか細長い竹籠のようなものだというんです」
 山南のところへ相談に来たのは、尾関雅次郎ら若い隊士三名だった。
「人の背丈程あって、竹で編んだ筒のようだとか」
「ち、ちく何とか」
 少し考えて、山南は答えた。
「竹夫人ではないでしょうか?」
「女子が竹籠に入っていたんですか?」
 隊士らは逆に吃驚した。すると、山南はうーんと唸って笑った。
「如何な手癖の悪い斎藤君でも、女性をかどわかしたりはせんだろう。竹夫人という添い寝籠のことだよ」
 竹夫人とは、又の名を青奴、脚馬などとも呼ぶ抱き籠である。夏の蒸し暑い夜、涼をとる為に抱いて寝る竹で編んだ筒状の籠で、唐渡りのものだ。
「そんな物を何でまた斎藤君が手に入れたのかはわからないが、盗まれたとなると用途を知らずに盗ったのではないかな?」
「何故ですか、山南先生」
 尾関は不審そうに尋ねた。
 新選組の屯所に入って盗み働きをしようなんて泥棒は、まず少ない。しかも、幹部の部屋を狙うというのも。すると、内部の犯行という線が浮かび上がってくる。
 池田屋の褒賞が出て、今は隊士らの懐も潤っている。非番の日には女子を抱いて寝たいだろう。わざわざ添い寝籠のような道具を抱く必要もない。
 とすれば、持って行った者は竹夫人の本来の意味に無関係に盗って行った可能性が高い。
 山南の推理に、隊士は異口同音にほう、と唸ったのだった。
 やがて、その話が屯所全体に広まると、犯人が名乗り出てきた。
「すんまへん、斎藤はん。為の奴が勝手に持ち出しよったんですわ」
 主家の八木源之丞が、息子の為三郎の襟首を掴んで、斎藤に頭を下げに来た。
「ほら、頭下げえな」
「堪忍やで、斎藤」
 為三郎は悪びれもせずに、言った。斎藤は、目をぱちくりさせた。
「はァ、何でまた為三郎、あんな物を。あれはな……」
 斎藤が畳み掛けるように言うと、為三郎は両手を合わせた。
「壬生川に鰻がとれるよって、ちょっと借りたんや。ほんま堪忍」
 何でも、近所の子供らと鰻捕りに行くというので、壬生川に竹筒を仕掛けようという事になった。
 しかし、並の竹筒では幾つも仕掛けねばならず面倒だ。そこへ丁度よいところに助勤部屋を通り掛ると、例の風呂敷に包まれた竹夫人を見かけたので、一寸拝借したというのである。
「ようさん入っとる思うでえ。斎藤にもお相伴させたるさかい」
「これっ」
 源之丞に叱られつつ、為三郎は斎藤を連れて壬生川のほとりまで行った。
 ところが、仕掛けた筈のところに竹籠は無かった。水は澱みなく流れ続けている。
「おかしな話や」
「流されたんじゃないのか。おい為三郎、如何してくれる?」
「ええー」
 果たして鰻筒代わりにされてしまった竹夫人の行方は知れない。為三郎は困り果てたのちに、近所の子らを訪ねて訊いてみたが、誰も心当たりがないという。誰ぞが先に引き揚げて鰻をせしめたわけでもなく、壬生村のその辺りに鰻を焼く匂いもしなかった。
 斎藤は、泣く泣く竹夫人を諦めねばならなかったのである。
「斎藤君、竹夫人なら他にも売っているところはあるでしょう。そう気を落とさずに」
 山南はそう言って、慰撫した。
「いやまァ、それもそうなんですが。あれはおれが欲しくて買ったものではないんですよ」
 実を言うと、沖田の為であると言う。
 ここのところ、暫し臥せっている沖田が、残暑がきつくて寝苦しいと訴えている。病人の部屋を無防備に開放して寝かせるのもどうかというので、障子を梳かしているだけだと、日によっては蒸す。
「そこで妙案はないものかと町中を歩いていましたら、道具屋で竹夫人とやらを見かけました。店の主人に訊いたら、さる町家筋から流れた物で、案外廉価だったので購ってきたんです」
「それは君、折角いい心掛けだったのに残念だな」
 山南は少しがっかりして言った。
「おれが柄にもない事をすると、ろくな事が無いって顔ですね。そのお顔は」
「そうは言ってないよ」
 と、二人が笑い合ったのは、例の壬生寺の境内だったが、ふとまたこの間の若い女が訪ねてきた。
 女は、二人に軽く会釈をして墓前に白い花を供えて行った。女が去ってから、
「幾ら何でも血縁でもないのに、そうしょっちゅう墓参に来るものだろうか?」
 山南が斎藤に言った。
「やはり、野口さんか誰かの縁者では。それとも、本当に夕顔の霊でしょうか」
「後を尾行してみたいのだが、この後また広沢様や会津の御家中の方々と会談することになっていてね」
「では、おれが」
 斎藤は、国重を落とし気味に差し直し、壬生寺を後にした。
 その晩、山南が近藤らとともに屯所に帰ってきた時、斎藤は所在なげに白い夕顔の花をくるくると回しながら、助勤部屋の柱に寄り掛かっていた。
「首尾は如何でしたか、斎藤君」
 山南が問い掛けると、斎藤ははあ、と頼りない返事をした。
「行くには行きました。しかし」
「とにかく話してみたまえ」
 山南に促され、斎藤は総長室に入った。斎藤が通った後には、らしくない仄かに甘い花の香がぷんと漂った。

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